分厚い経営書やノウハウ集だけが、ビジネスを学び、自らを育む書ではありません。日々読むもの、取り入れる言葉、心動かす名シーンが、一人のビジネスパーソンとしてだけでなく、人間としてのうつくしさを磨いてくれることは、きっと想像に難くないでしょう。
VCとして起業家や経営者の方々とお話をしてみると、意外にも「マンガ」をよく読むという人が多いことに気づきました。そのストーリーやセリフに勇気付けられ、教訓を得ることも少なくないようです。
そこで、ALL STAR SAAS FUNDでは「10分直球インタビュー」シリーズとして、経営者に「愛読マンガ」と好きなシーンを尋ねてみました。今回教えてくださったのは下記の5名。
- ログラス CEO 布川友也さん
- Thirdverse/フィナンシェ 代表取締役CEO 国光宏尚さん
- YOUTRUST 代表取締役 岩崎由夏さん
- SmartHR CEO 芹澤雅人さん
- ユーザベース Co-CEO 佐久間衡さん
知っているマンガであっても、グッとくるポイントが人それぞれなのも面白いところ。みなさんの愛読マンガも、ぜひSNSなどを通じて教えてください!
ログラス 布川友也さん
小山宙哉『宇宙兄弟』
「人生は短い!夢はいち早く追いかけるべきだ」
最近は時間が取れないことも多いのですが、もともとマンガはよく読みますね。一つ挙げるなら、あまりに有名な作品ですけれど『宇宙兄弟』を。
宇宙兄弟の良いところは、主人公のムッタが平凡な思想の持ち主として、まずは現れるところです。いわゆる「強い系主人公」ではなくて、むしろ「弱い系主人公」。しかも弟のヒビトは先に大きな夢を叶えた圧倒的なエリートとして成長しています。
そんな弟をムッタは「あいつは努力していたし、昔からすごかった」と尊敬する一方、「自分はただのサラリーマンだ」と感じている。そこから物語がスタートする現実感が、読んでいて没入しやすいんですよね。というのも、僕はムッタに自己投影をしてしまうんです。
ムッタに自己投影していた起業前
ログラスで起業する以前の大学生時代、アイデミーの石川聡彦くんと、ジョブレインボーの星賢人くんと就活インターン先の同期として知り合いました。まさに僕はムッタで、彼らはヒビトでした。先に自分が達成したい成果を出している存在がいて、そことの闘争から始まるストーリーを、僕も「わかるなぁ」と読んでいました。
どこかで「起業したい」と考えながらも会社で働く人は、起業家を遠い存在だと思い込む傾向にあると感じています。今になって僕も「起業するなんてすごい」と言われることがありますけれど、実際にしてみると「自分がやりたいだけなんだよな」と思いますから。
『宇宙兄弟』は「月へ行く」というランドマーク的な目標があって、そのプロセスを事細かに描いています。その過程ですごく努力をする様子を見せたり、登場してくる仲間の一人ひとりのストーリーを掘り下げたりするのも好きなところですね。
『宇宙兄弟』のキャラクターは誰もが現実的で、思考の仕方も含めて大人ばかりです。何よりムッタのように、一定の年齢になったとしても夢を追い続けることの凄さを目の当たりにして、僕もさらに大きなことを成し遂げないと人生が楽しくないな、って思うようになりました。
人生は短く、余計なものに時間は割けない
「宇宙兄弟/alu.jp」
ログラスCTOの坂本龍太とは、実は死生観で共通しているところがあります。それは「人には必ず死を迎える瞬間があり、人生は短い」ということ。僕も坂本も、若い頃に大切な人を亡くした経験を持っています。僕は高校の同級生が17歳でガンに罹り、センター試験の直後に告別式へ参列しました。彼の死を前に「自分も明日死んでもおかしくない」と思ったんです。
『宇宙兄弟』ではムッタの上官になるビンセントや、その幼馴染みのピコが、若くして親友を亡くしたことで夢へ進む決意をするシーンがあります。これは名言だと思うし、すごく共感しました。
「人生は短いんだ……! 」
「テンションの上がらねえことに……パワー使ってる場合じゃねぇ……!」
人生は短く、余計なものに時間は割けない。大きな目標を追いかけるのに、早いも遅いもない。今も「若いのに頑張ってるね」と言われると、「人生は短いんだ.......!」ってなってます(笑)。
ありがとう宇宙兄弟。
Thirdverse/フィナンシェ 国光宏尚さん
尾田栄一郎『ONE PIECE』
「自らの限界を引かない、という生き方」
マンガ、めっちゃ読みますよ。記憶に残るマンガは、あまりにもべタだから言いたくないところもあるけれど(笑)、やっぱり『ONE PIECE』と『キングダム』ですね。あとは『蒼天航路』と『お~い!竜馬』も。
シンプルに『週刊少年ジャンプ』系というか、主人公が何か大きな目標を目指すものが好きですね。そういう意味でも『ONE PIECE』かなぁ。僕も「海賊王」を目指しているから(笑)
起業家は、最初こそ「海賊王」みたいになりたいと思ったり、ある意味ではアスリートとして金メダルが欲しいという気持ちで臨んだりするけれど、いろんなことを経験するなかで、自らの限界を自らで引いてしまうんですね。「自分はここまでの人間だ」と。
起業家としての海賊王を目指す
でも、イーロン・マスクも、マーク・ザッカーバーグも、ジェフ・ベゾスも、同じ人間じゃないですか。彼らができるのであれば、僕にだってできないわけはないだろうと。今の時点では、まだまだ負けているけれど、僕は負けないですよ。
最終的には彼らさえ凌いでいって、僕が“起業家としての海賊王”になっていくぞ、という気概は持っています。日本のスタートアップ業界も、この10年間ですごく進化したと感じます。ただ、海外の方がさらに進化……というか成長しているのは間違いないんです。
この10年間で日本も頑張ってきたけれど、海外の成長が速すぎて、残念ながら差が開いてしまったのも現実。日本のマーケットだけで事業を展開していくのに限界があるのは明らかです。これからは日本に留まらず、世界へ打って出て、挑戦し続けなくてはならない。
僕は去年からThirdverseとフィナンシェ代表取締役CEOに就いて、“メタバースとWeb3”の領域で、世界制覇の航海に乗り出しています。この新しい挑戦は、世界一を取るために突っ走るものです。メタバースとWeb3というジャンルにおいて「日本発のサービスで世界を席巻する」ことを実現したいですし、この領域なら日本からでも世界に手が届くと信じています。
仲間と共に航海に乗り出し、世界制覇を目指す。それはまさに、海賊王を志すルフィと重なるんです。これを読んでくれた人も、一緒に戦っていく仲間だと感じています。ぜひ、Web2.0のニッチなことを続けている人はピボットしてもらって、この新たなWeb3、メタバースにおいて、世界制覇を一緒に目指していけたらと願っています。
YOUTRUST 岩崎由夏さん
手塚治虫『火の鳥』
「自分が考えもしなかったような学びがある」
「起業家の私」として答えるなら、手塚治虫の『火の鳥』ですね。
作中で火の鳥の生き血を飲むのは、実は「永遠の命など手に入れたくなかった人たち」で、太古や宇宙まで、オムニバスにいろんな時代が描かれます。そこでは永遠の命を欲しがった人たち、そして永遠の命を得てしまった彼らの「その後」も描かれていきます。人類が滅亡し、他の動物が地球に繁栄する世界で生きなくてはならなかったり……。
難題を想像することが好き
『火の鳥』は全体を通して、「なぜ生きているのだろう」みたいなことをずっと考えさせられます。私はこういう作品が好きで、会社にも置いているくらい。最近、イェール大学の講義録で『「死」とは何か』という本も流行りましたよね。私も「生きるとは何か?」といった問いを考えることが好きなんです。
そういった問いを漫画で体現しているのが『火の鳥』であり、手塚治虫作品なら『ブラックジャック』もそう。中でも『火の鳥』が良いのは、時代ごとに主人公が違って、性格も異なるところ。「この状況で自分だったらどうするか」「永遠の命が手に入ってしまったらどうしよう」といった難題も、火の鳥の言葉を借りながら、具体的に想像しやすくなります。
たとえば、自分ひとりが世界から取り残されてしまった話から、「もし先に大切な人たちが死んでいってしまって、自分だけが生きていたら……」とか、そういうことを考えるきっかけにもなるんですよね。
私は時間を無駄にするのがすごく嫌いです。電車を乗り間違えてタイムロスしたらストレスだし、帰宅ルートだって最短にしたい。とにかく「時間対密度」を上げたいと思って働いています。だから、マンガからも「何か」を学びたいんですね。そのマンガを読んだことで、昨日の自分よりも、今日の自分が良くなっていると思いたい。自分の幅を広げるという意味でも、『火の鳥』のように自分が考えもしなかった学びがある本を読みたいです。
「答えられないような問い」を考える
『火の鳥』で強烈なシーンがあって。人類が絶滅してナメクジが大繁栄した地球で、唯一生き残った人間が神として崇められるんです。宗教的な観点も含めて、いろんなものを象徴しているように思えてきます。「宗教とは何か」はもちろん、概念として存在するような状態になったときの「体とは何か」みたいなことも考えてしまいました。
あとは、「人間の命とカゲロウの命では、本当にカゲロウの方が軽いのか」といった問いが投げられるシーンもあります。この問い、答えられなくないですか?そういう問いであっても考えてみるのが好きなんですよね。
でも、もっとカジュアルに読めるマンガも好きですよ!小川彌生さんの『きみはペット』とか……最近読んだものでは、東村アキコさんの『かくかくしかじか』がいちばん。コメディな作品が多い漫画家さんですけど、これだけ異色作で、彼女自身の半生を題材に漫画家になるまでの紆余曲折を描いています。もう死ぬほど泣ける。4回読んで4回泣いたので(笑)。
SmartHR 芹澤雅人さん
幸村誠『プラネテス』
「良いものづくりのための執念を持つこと」
実はそれほどマンガを読む方ではないんです。ただ、本や小説を読むのはもともと好きですし、そこから何かしらを得られるような読み方をしていますね。たまたま機会があって読んだマンガで、記憶に残っているのは『プラネテス』です。
登場するキャラクターで、宇宙船を作る最高責任者のポジションに就くウェルナー・ロックスミスがいます。彼は他人からどれほど悪く思われようと、人類が今まで作れなかったような宇宙船のために全力を尽くしています。作中では「悪魔のような男」というふうに描かれているほどです。
そんなロックスミスの言葉で、すごく印象に残っているものがあるんです。
信念や夢を実現するための「執念」
宇宙船開発を続けてきたある時に、死者が出るほどの事故が起きてしまいます。開かれた記者会見でロックスミスは言い訳などをせず、「爆発した二号エンジンの残したデータの内容には満足しています。次は失敗しません、御期待下さい」と言うのです。
世間からすれば「なんて冷たい人間だ」とか、「あれだけの事故を起こしたのにひどい態度だ」とか、そういうふうに映るでしょう。ただ、良いものづくりをするための執念を持つことについて、僕は学んだところがあると思っていて。
僕もエンジニアだったのでインシデントを起こしたこともあります。絶対に何かしらの事故を伴うことはある。ただ、その事故にくよくよしたり、事故を起こさないように萎縮したりしていると、チャレンジができなくなっちゃうんです。
もし、自分がロックスミスの立場だったら、これほど堂々と発言できるだろうか、と。「自分の信念や夢を実現するために、真っ直ぐにものづくりと向き合えるのはすごい」と、共感したことを未だに覚えています。
そんなふうに、ひとりのエンジニアとして作品を見てしまうことは結構あります。スタジオジブリの映画『風立ちぬ』も、戦闘機開発で犠牲者が出るシーンがありますよね。観た当時は、自分が過去に起こしたインシデントと照らし合わせながら、「でも、ここでめげていたら良くないんだな」みたいに共感ポイントがありました。
自分の置かれている立場によって、同じ作品を見ても共感ポイントが全然違うものですね。良いと感じたマンガや小説を、異なるタイミングで読み直してみる機会も結構あります。僕はロールモデルがコロコロと切り替わるのもあって、「このキャラクターって、実はすごく良いことを言っていたんだ!」とか、そういう発見があるんです。
ユーザベース 佐久間衡さん
能條純一『昭和天皇物語』
「間接効果と直接効果を思わせる」
マンガは好きで、多いときで年間1000冊くらい読んでいるみたいです。Kindleにそういうカウンターがついていたので、結構読んでいるものだなと(笑)。だから「好きなマンガ」と聞かれると挙げるのが難しいんですが……。
このブログを読んでいる人に向けてなら、有名なマンガではありますが、『昭和天皇物語』はどうでしょうか。
作画の能條純一さんは麻雀漫画の『麻雀飛翔伝 哭きの竜』などを描かれてきて、有名所では『月下の棋士』も能條さんの作です。なので、とてもシリアスなタッチなんですが、皇太子の教育係に任命された人が、「もう二度と酒は飲まない……」と決心するシーンなんかは、シリアスなのにギャグのようで笑えるところもあり、良いリズムなんです。
経営者の苦悩に通じるシーン
とはいえ、大本はやはり骨太な設定です。新しく皇族を説明する資料が開示され、それに基づいて書かれていますから、昭和天皇がどのように日本の大きな戦争に絡んでいき、あるいは絡めなくなっていくのか、という苦悩が徐々に明かされていく場面へ繋がっていくところはとても面白いですね。
そして、このブログの読者に勧めたいと僕が言ったのは、このマンガで描かれる昭和天皇の姿は、どこか経営者の苦悩にも繋がると感じるんです。
「間接効果と直接効果」みたいなことを思わせる。自分としてはやりたいことがあってもできない。天皇という存在は、国民と直接話すことさえ本来はできないとされていますが、その禁忌を破ってでもメッセージを伝えるシーンは印象に残っています。
それでも、どういう立ち位置に自分を決めて、「国を導くか」という話です。まさに経営者の方にも、何かを考えるきっかけを提供できるんじゃないかな、と思います。
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SPECIAL THANKS TO:
インタビューへのご協力ありがとうございました!
ログラス CEO 布川友也さん(@Fukahire109)
Thirdverse/フィナンシェ 代表取締役CEO 国光宏尚さん(@hkunimitsu)
YOUTRUST 代表取締役 岩崎由夏さん(@yuccaaa)
SmartHR CEO 芹澤雅人さん(@masato_serizawa)
ユーザベース Co-CEO 佐久間衡さん(@trsakuma)