ALL STAR SAAS FUNDとkipplesの共催で、SaaS企業広報が必須で持っておきたい知識を「概論編」「広報組織の立ち上げ編」「広報実務編」「リクエスト編」の四部構成で学ぶ『SaaS PR集中講座』を開催しました。
今回は、そのスピンオフ企画として、昨今注目が高まる「パブリックアフェアーズ」をテーマにした公開収録&勉強会を開催しました。日比谷さんに加え、ゲスト講師にマカイラ株式会社の城譲さんにもご登壇をいただき、言葉の定義からアプローチ方法、政策決定や法案策定のプロセスの解説に至るまで、まさに「初めの一歩」の理解が深まる時間となりました。
マカイラの城さんは大学卒業後に国土交通省へ入省し、12年ほど勤務した後に、民間企業へ転身。楽天やメルカリでもパブリックアフェアーズの仕事を進め、現在は主にパブリックアフェアーズのコンサルティングを手掛けるマカイラで活躍なさっています。
「顧客の半数がスタートアップ企業」というだけあり、SaaSスタートアップにとっても具体例を交えたエピソードを多く披露していただきました。
(下記は勉強会の内容を抜粋・再構成し、記事化したものです)
「公共に働きかけ、合意形成を行うコミュニケーション」
日比谷:まずは「パブリックアフェアーズとは何か」という定義から見ていきましょう。僕なりの解釈では「公共に働きかけ、合意形成を行うコミュニケーションの手法や活動」と捉えています。ここでいう「公共」は社会全般を指します。顧客や株主、採用候補者といった特定の人に向けた発信ではなく、全方位型で合意形成していくコミュニケーションですね。
世の中には様々な人々がいて、価値観があり、仕組みや情報も多様になっていることを前提に、それら複雑な環境を見据えながら合意形成していかなければならない時代です。一旦は抽象度の高い定義ですが、後ほど城さんにもお話しいただくなかで、具体例にも触れていきます。
コミュニケーションを図る対象は大まかに2点です。まずは“Policy”、世の中の「ルール」です。政策、業界内のガイドライン、法律などの変更や新設のために、行政関係者、政治家、有識者、業界団体、NPO、市民団体などに働きかけていきます。
もう一つが“Culture”、文化というよりは「世論」です。社会全体、特定の組織や集団、あるいは世界へ向けて働きかけていく。この2点は一般的にパブリックアフェアーズによる活動でターゲットになる対象だと思っています。
「ロビイング」や「ガバメントリレーションズ」も、パブリックアフェアーズに近しい言葉といえます。このあたりは「広報」の定義のように広く、曖昧なところがあります。まずは定義に囚われず、「自分たちが今、何をしたいのか」に注目するのがいいでしょう。
そして、ゴールも様々です。ルールへの働きかけ一つとっても、法律やガイドラインの新設、規制緩和、法的な強化や整備といったように目的が分かれます。
ここ5年ほどにおいて、パブリックアフェアーズは、スタートアップにおいても非常に大事な考えだと捉えられています。
なぜかというと、スタートアップやITベンチャーが、新しい価値観や技術を世の中に提供していく中で、既存業界、世の中、ユーザー、監督官庁といった関係者とのコンフリクトが起きやすいからです。
最近ではUberのようなライドシェアや、ビットコインを始めとする暗号通貨、オンライン診療、電動キックボードも代表例です。一昔前なら、ソーシャルゲームの「課金ガチャ」、マッチングアプリ、医療関連コンテンツの取り扱いなども当てはまります。これらの新しいサービスを展開してイノベーションを実装するためには、様々なステークホルダーとの合意形成のお作法を知っておくべきなのです。
とはいえ、新技術や産業が生まれたときのルール制定、あるいは公害のような成長に伴う副作用が出てきた際の取り締まりの必要性は、今に始まったことではありません。ケータイが出てきたときにもインフラ整備や電波の使用、個人情報の開示ルールなど、様々な合意形成がありました。それらのスピードがより速く、かつボトムアップで起こるようになってきたのが現状です。
「PTC」でパブリックアフェアーズの必要性を読み解く
自社の事業を推進するためにパブリックアフェアーズが必要か否か、何をすべきかについて、「PTC」という3点から考えると、課題が見えやすくなります。先ほど挙げたように<yellow-highlight-half-bold>Pは“Policy”、Cは“Culture”、Tは“Tech”<yellow-highlight-half-bold>です。“Tech”はテクノロジーや技術、広い意味ではビジネスモデルも含めて考えると整理しやすいです。
PTCがバランスよく、異論なく整合されていると、新しいものでも推進されやすい。しかし、どれか一つでも「逆風」だと、足を引っ張られてしまうかもしれません。そして、3点は常に一致するわけでも、どれかが上位にあるべきでもなく、あくまで戦おうとしている領域におけるバランスを見るのが大事になってきます。
たとえば、「民泊」はわかりやすい例です。世の中(C)としては「新しくて便利」だから広まってほしいと思われながらも、法律やルール、業界の規制緩和(P)が追いつかず、成長速度が緩やかになってしまった。あるいは法律(P)的に問題がなくとも、世の中(C)から嫌悪感を抱かれやすいのは「個人情報の取り扱い」です。鉄道会社が乗車記録をマーケティングデータに使おうとしたら炎上した、というニュースもありましたね。
さらには法律も世論も取り扱い方がわからず意見が割れることもあります。「AI」で作曲した音楽は誰の著作権になるのか、培養肉はアリなのか、人工授精や人工生物はどう考えるべきか……こういった判断がつきにくい状況に対して、サービス提供者側はいかにアタックしていくかが課題に上がります。
PTCのバランスはポジティブなのか、ネガティブなのか。ネガティブであれば、なぜなのか。そういったように着目すると、取り組みやすくなるでしょう。
広報とパブリックアフェアーズの関連性でいうと、“Policy”や“Culture”に働きかけるときには「広報力」が有効です。ステークホルダーをモニタリングした上でのメッセージの発信、有識者からの提言、世論リサーチなどの調査といった広報的手法が欠かせません。
ぜひ、広報職に就く方にはパブリックアフェアーズへの理解を身につけてほしいし、経営者にも一丸となって取り組んでもらいたいと思っています。
「3つのL」がパブリックアフェアーズの根幹である
日比谷:僕から一旦、パブリックアフェアーズの概要を説明させていただきました。ここからは城さんにも加わってもらって、お話しできればと。城さんの見ているところでも、スタートアップや経営者がパブリックアフェアーズに取り組む例は増えていますか?
城:そうですね。増えています。経営者自らが行う会社や広報担当者が行うケースが多く、その他にも、法務の方が手掛ける会社もあります。やはり広報的なコミュニケーション能力がパブリックアフェアーズを進めるにあたっては重要になっておりまして、PR系や広報の方には、ぜひ知っていただきたい分野です。
パブリックアフェアーズは、自分たちが見えている社会課題にアプローチし、社会を変えるための環境を整えていくというプロセス、手段であり、どうしてもロビイングや陳情に近しいイメージを持たれがちです。元役人だった私からしても、政治家や行政に働きかけて密室で事が動いた時代も実際にありました。
ただ、世の中で透明性が求められ、誰もが情報発信できるように変化し、テクノロジーも進化するなかでは、政治と行政だけで決められるような時代ではなくなってきた。そもそも、決めてきた彼らからしても、新しいテクノロジーの内容がわからないのですよね。それに、特定の人だけで決めたものは批判も出やすく、短命に終わることも多いです。
それであれば、あらかじめ多くの人を巻き込み、長く続くものを作ろうと。NPO、NGO、消費者、メディアを巻き込み、多くの人たちの利害を考えながら、落としどころを作って合意形成を図る。そういったことが、パブリックアフェアーズの根幹だと思っています。
日比谷:特にスタートアップがパブリックアフェアーズに取り組む際、どういった観点からアプローチするのが大事だと考えますか。
城:<yellow-highlight-half-bold>“RULE”、“DEAL”、“APPEAL”の「3L」が肝心<yellow-highlight-half-bold>ですね。
RULEは政策提言やロビイングを通じて、法制度へ直接的に働きかけていきます。DEALは実証実験や連携協定を含めた、時期やエリアを限定した検証などを行います。APPEALは、そもそも課題が社会に認知されていない場合の「イシューブランディング」や、その分野での第一人者であることのソートリーダーシップに認知を確立するための広報的活動などが入ってきます。
“RULE”への具体例:フィンテックのオンライン本人確認
城:それぞれを私も携わった具体例で紹介しましょう。
「オンライン本人確認」を実現させるために規制緩和のパブリックアフェアーズを行ったことがあります。例えば、以前までのクレジットカード作成にあたっての本人確認は、クレジットカードの郵送時に「本人限定受取郵便」といって、本人に手渡しする際に確認するという決まりがありました。これは犯罪収益移転防止法に基づく本人確認制度によるものだったのですが、諸外国ではオンラインで当然のように完結していました。
様々なフィンテックサービスの登録時にも本人確認を求められますが、時間をかけて郵便で本人確認するというステップで、ユーザーがドロップしてしまうという実情があり、フィンテックの利便性を十分に享受できないという弊害をなくすため、オンラインで本人確認が実現できるための活動をしてきました。
日比谷:どのように進めたのでしょうか?
城:まずは海外の事例を含めてエビデンスを集めました。専門家からデータを提供していただき、利便性だけでなく、オンラインのほうが安全性が高まることを説明するストーリーを作りました。そして、ステークホルダーへ働きかけ、仲間を増やしながら反対派を減らしていったのです。
まずはフィンテック業界からの要請でスタートし、オンライン推進派の金融庁を巻き込み、さらに銀行業界へ進み、金融系のシニア政治家の協力も得て、最後は警察です。もともとこの制度は警察がマネーロンダリング対策として実施してきたので、自分たちだけでなく多くのステークホルダーから説得を図りました。最終的には法制度の改正を成し遂げ、無事にオンライン化を達成できたのです。
現在進行系では日本で電動キックボードを普及させるための事務局に携わっています。電動キックボードは現行の道交法では「原動機付自転車」に該当するため、運転免許が必要で、ヘルメットをかぶり、ナンバープレートや番号灯は必須で、もちろん車道を走らなければいけない。一方、海外ではヘルメットをかぶらずもっと気楽に乗れる。これでは普及は難しいと。
そこでスタートアップでキックボードに関わる企業を集めて業界団体を作り、セミナーや試乗会を通じて電動キックボードを知ってもらう活動のほか、若手の国会議員を巻き込んだ議員連盟を立ち上げました。警察庁、国交省、経産省といったところへ働きかけ、地域や時期を限定した規制緩和メニューを活用し、事故データの少なさを実証しながら、原付とは別物として扱えるように動いています。
おかげさまで理解は進んできて、重要な政府文書と位置づけられる「成長戦略」にも記載されたり、スケジュールとしても法改正予定が明記されるなど、着実に進んでいます。
“DEAL”への具体例:HR系テクノロジーの自治体連携
日比谷:まさに“RULE”への働きかけですね。“DEAL”の事例はどうでしょう?
城:スタートアップがビジネスを進めるにあたって、政治や行政と連携できると、一気に信頼を勝ち得てビジネスが進むことが多々あります。そこで、自治体との連携協定を結び、それをフックにビジネス拡大させていくためのお手伝いをしています。
一例として、あるHR系のテクノロジー企業では、管理部門のDXを課題にしている自治体とマッチングさせ、ソリューションを提示して連携協定を結び、ビジネスも進めていくように図っています。
また「フードロスを削減する」という目標を掲げる自治体とのマッチングもありました。フードロスの削減が期待できるマッチングアプリの導入を、地域の飲食店へと普及させていったのです。自治体職員が飲食店に営業をかけて加盟店を増やしていく流れも生まれたほどでした。一つ導入事例ができると横展開も進みやすいので、ビジネスも広がります。
日比谷:スタートアップにおいて、パブリックアフェアーズを実施するステージは、いつが適していると考えますか?たとえば、事業を始める前からなのか、実績が出てきた頃なのか、メディアに掲載され注目されてきたタイミングなのか。
城:なかなか難しい質問ではありますけれども……課題があれば小さなうちから、それこそもっと大きな課題になる前に始めたほうがいいと思います。規制が特になければ、早く始めなくてもよいでしょう。
私は2014年頃、社員数が30人くらいのときのメルカリで働いていたのですが、そのときにパブリックアフェアーズ担当を入社させようと判断した経営陣は、今思っても素晴らしいですね。他社からは「まだ早いのでは」という意見も聞きましたが、全くそんなことはなく、むしろもっと早く進めるべきだったと思えるくらいに課題は山積していて(笑)。
その中では炎上もしました。そのような経験から思うこととして、パブリックアフェアーズは、広報と法務の両輪がそろってこそ上手く回るところがあります。特に法的な論点を詰めずに広報系の露出が先行しすぎるとツッコミを受けるリスクも上がりますから注意ですね。
誰に、どういった順番でアプローチするのか
日比谷:最近、特に増えてきた問い合わせの傾向はあるでしょうか?
城:やはりこの1年は「コロナ」と「DX」がキーワードです。規制ゆえに対面する機会が必須のサービスとなっていて現場が困っていたり、役所がDXの理解を示してくれなかったりと、中身はまちまちですが。
日比谷:オンライン診療、授業、見守り、介護……いろいろありそう。
城:そうなんですよ。「孤独・孤立」といった社会課題がニュースになっていますが、それを解決できるサービスを提供できる企業が、役所や政治にどうやって自分たちのことを届ければいいかわからない。そういう背景からご相談される方が多いです。
日比谷:そういった課題解決こそスタートアップの出番ですしね。
城:積極的にスタートアップのアイデアを吸収しようとしてくれる政治家もいらっしゃるんですけれど、門前払いみたいな人もいる。だから、誰に、どういった順番で話を持っていくのかが大事なんです。それを間違えると、せっかくの良いものが進まなくなるケースも散見されます。
日比谷:逆に言うと、だからこそパブリックアフェアーズにはノウハウが要るのですね。
城:スタートアップの経営者でよく聞くのが、自分の人脈で「政治家に知り合いがいる」とは言うものの、それは全然関係のない分野の方だったりすると(笑)。それでは意味がありませんし、うっかり規制強化派に情報を渡してしまえば、向こうへ対策を取らせることにもなりかねない。「誰が本当の味方なのか」を知り、戦略を立てるのが重要です。
日比谷:ここで視聴者からの質問を一つ。「どんな領域の事業であってもパブリックアフェアーズは必要でしょうか?あまり規制のない市場ならば注力しなくてもいいのか、競合他社に優位になる手法として地域連携などを行うべきか」と。
城:目的や課題がないのに、単に政治家とのリレーションシップを作るだけならパブリックアフェアーズとして働きかける意義は薄くなると思っています。一方で、競合他社より優位に立つためであれば有用なケースはあります。ソートリーダーシップを確立するべく、に社会課題をどんどん発信していき、その解決策をどこよりも自社が考えていることを伝えていく。その過程において有識者、政治家、官僚と関係を作っていく。
そういったかたちで、ある分野の第一人者という立場を確固たるものにするという目的があれば、規制がない市場であってもパブリックアフェアーズは推進すべきでしょう。
日比谷:私の周りでも「副業支援サービス」を地方自治体に使ってもらい、自治体で副業人材を受け入れる事例をたくさん作ることにより、信憑性を増していこうとする動きを見ています。これも制度的に問題はないけれど、話題作りと信憑性のためであり、広報的な発想で行政と絡んでいる例といえます。
城:そうですね。“DEAL”や“APPEAL”においては明確な法規制がなくてもありえますね。
法改正をいち早く察知するためのモニタリング方法
日比谷:視聴者から「SaaS系スタートアップとして、法改正をいち早く察知したい。公に発表される前に察知する方法などはありますか」と質問をもらいました。
城:まずはルールが変わる手順を正しく知っておきましょう。実は、日本で法改正がなされるには早くて1年半、通常は2年から3年といった準備期間を経ています。
法改正を逆再生で見ていくと、最後は国会で審議されて成立しますが、その前段階では官僚が法律案を書きます。その前段階では「審議会」という有識者会議で議論されるのですが、そこでの議題は官僚が「事務局案」といったドラフトを作っています。そして、事務局案を審議会に出すにあたっても、政治家との調整などが必要になっています。
つまり、最終的にルールが作られる前には非常に長いプロセスがあるわけでして、これらの「前段階」にいかに関与しておけるかが肝心です。特に、スタートアップの意見を盛り込むためには、官僚がドラフトを作るときに関与できなければなりません。
そのタイミングをモニタリングをする方法があります。電動キックボードの例であれば、議員連盟を作って行政へ提言していったのですが、とはいえ議員連盟に所属される政治家の方々も多忙です。そこで、彼らにインプットを行う「政策秘書」という役割を担う方々がいます。事前に情報をもらったり、政治家や官僚に意見を伝えたりするキーパーソンですね。
「スタートアップでどうやって議員と関係を作るんですか?」「官僚に非公式に打診なんかできませんよ」みたいな声も上がりそうですが、意外と敷居は低いです。国会議員は永田町の議員会館に事務所を構えているのですが、かなりオープンな方が多いです。行くところさえ間違えなければ、少なくとも政策秘書と仲よくなり、情報をもらえる関係を作ることはできます。もちろん、私たちマカイラもこのあたりはサポートの対象です。
日比谷:行政は構造がブラックボックスで、より定型がないから臨機応変にしなければならないのが、道の拓きにくさにつながっていそうですね。
城:行政の特徴は縦割りなことです。1人の官僚が全てを担うケースはなく、ある特定の領域の一部分を一人ずつが担っているような図です。しかも、2年に一度ほどで異動することもあるので、確かにメンテナンスは結構大変かもしれません。
ステークホルダーの洗い出しから始めよう
日比谷:僕は働き方や健康経営関連の事業にも関わることが多いのですが、この流れをさらに加速させるために、パブリックアフェアーズの観点から働きかけるとしたら、どのような打ち手があるでしょうか?
城:健康経営を最終的に動かすのは経産省や厚労省ですが、外部からの声をどんどん彼らに入れていく必要があります。企業からの個別説明などの発信も有効ではありますけれど、メディアや消費者、業界団体といったマルチステークホルダーに働きかけ、世論形成も含めた「第三者的な声」を届けていくのが大事でしょうね。その声を耳にして、省庁も「自分たちが動いていかなければ」と思える状況を作っていく。
議員連盟の発足や有志勉強会の開催を通じて、説明時にプレゼンターとして参加できるようにするのも良い機会です。あるいは、“APPEAL”の一環として自社シンポジウムを開催したり、リサーチや分析結果の発表をしていったりするのも有効です。
日比谷:上記は僕が以前に作った「ステークホルダーマップ」という資料ですが、合意形成のためにも一度、影響を及ぼす人たちを洗い出してみるのが第一歩かもしれませんね。議員、監督官庁、有識者、既存の業界団体と、健康経営領域と重なるヘルスケア分野だと、特に関係者は多いでしょうから。自分たちがアプローチできていないメディアや、大きな影響力を持ちながらも自分たちと意見が異なる人々というのも見ていく必要がある。
城:そうですね。パブリックアフェアーズは「何のために、どんなことをやっていくか」という活動計画を最初に作りますが、その先頭がまさにステークホルダーのマッピングです。自分たちが実現したい目標について、誰が、どういうふうに関わっているのかという立場を明確にして、いかにコンタクトをすれば意見が聞き入れられやすいかを整理します。
一口に「国土交通省」といえど、その中には安全面を司る部署もあれば、MaaSのような新しいモビリティ連携を進めたい部署もある。また部署の中でも保守派と推進派が分かれることも。それを細分化して、どのように考えているのかを分析しなくてはなりません。
社会全体とのバランスが取れなければ、理解は得られない
日比谷:パブリックアフェアーズのニーズが各所で高まっていることを感じますが、反面教師的に「避けるべき状況」を挙げるなら?
城:その領域の第一人者になると独占を目指すこともできなくはないのですが、そうなると社会全体にとっての利益と反する可能性も出てきます。あるいは、規制を強引に変えてしまったことで、社会が本当に良い方向へ進まないケースもあるかもしれない。そういった社会全体におけるバランス、それから倫理観とのせめぎあいはよく表れますね。
日比谷:難しいところです。企業からすれば、自分たちの事業を広げることが世の中のためになると思えても、客観的には「一人勝ちしようとしている」とも見られかねないと。
城:やはり一社独占のための活動となると、ステークホルダーの説得も難しくなります。もちろん企業の成長に資するから取り組むのですが、常に「業界全体のため」という観点を持っていないと理解は得られません。
日比谷:きれいごとかもしれませんけれど、その事業が伸びたときに、最終的に世の中に受け入れられるかどうかが大事なんですよね。
城:はい。「社会の受け入れ」や「テクノロジーの進歩」という要素が、世論、技術、法律といかにバランスを取れるのか。そこにパブリックアフェアーズが成功するか否かの鍵があります。
日比谷:その点も、やはり広報と近しいです。「会社として売り込みたいから、多少は背伸びやフェイクを交えてでも情報を発信すべき」といった、特にマーケからの要望とのせめぎあいはよくあるものです(笑)。
パブリックアフェアーズの初期は社長こそが最適人材
日比谷:パブリックアフェアーズ担当者を社内からアサインする、もしくは外部に頼むときには、どういうスキルや経歴を持っているとよいでしょうか?
城:基本はコミュニケーションを図っていく仕事ですから、筆頭はコミュニケーション能力。加えて、一つの分野の専門性よりは、「浅く広く」でも多分野への理解を持っている人が向いていると思います。
社内人材であれば提供しているプロダクトに詳しいのは当然としても、プロダクトに関わる規制は何か、世の中に知ってもらうためのマーケティング手法は何か、といったように全体を俯瞰して見られる人ほどうまくいく。スタートアップだと経営陣、特に社長が最もわかっているでしょうから、社長自らが動いている企業も多くあると思います。
日比谷:むしろ社長でないと全方位にまで関われないのかもしれない。
城:そうですね。スタートアップからマカイラへの相談も、社長からいただくことが多いです。「自分が手掛けているけれど、他に見るべきものも多くなってきたから、一緒に動いてほしい」といった依頼ですね。そして、会社が成長してきたら社内で専任者を採用していくと。
日比谷:海外企業のほうが、パブリックアフェアーズや渉外担当を置くのが当たり前だったりしますよね。
城:外資企業が日本に入ってくる際に「日本のルールがわからない」「環境がガラパゴスだから変えたい」と相談を受けることもあります。日本と海外では法律や規制に対する考え方が異なり、よく言われるのは「日本では法律は従うものだが、海外では法律は自分たちで作っていくものだ」と。時代に合わせて、最善に変えていくものという意識がすごく強い。
だから、外資系のスタートアップは成長とともに法律も変えていく、といった姿勢でパブリックアフェアーズに臨む企業が多いですね。
日比谷:そういう意味だと、「顧問弁護士に新規ビジネスを相談すると、法的に難しいと返されて断念した」というのもよくある話です。しかし、実際には「その時点では」難しいかもしれなくても、法制度が変わればわからないわけですね。弁護士の方々と棲み分けはどうのように捉えるべきでしょう?
城:最近は弁護士からパブリックアフェアーズを手掛ける方も増えてきていますが、やはり弁護士は「守り中心」タイプが基本で、間違ったことを言わないように保守的な回答をしがちなのだとは思います。マカイラは政府に働きかける「攻めのアドバイス」ができるという点でも立ち位置が違うのかなと。
政局が動いたときにはチャンスが増える
日比谷:そういえば、まさに内閣総理大臣が変わって、衆議院も解散して……と政治が大きく動くタイミングです。(本記事対談時は2021年9月、自民党総裁選が行われる前でした)
城:総理が変わると国としての政策方針も変わってくるので、新しいことを打ち込むチャンスが増えますね。菅前総理はグリーンやデジタルを旗頭に掲げ、デジタル庁も作ったわけですが、次の首相はまた違う力点があるかもしれません。
自分たちの事業がそれに当てはまれば、まさに政治的な味方が増えることになります。選挙戦の行方と各々の政策を見ながら、自社のサービスとの関係性を照らし合わせると、パブリックアフェアーズに取り組む検討がしやすくなって、面白いはずですよ。
日比谷:僕が携わっていた「at Will Work」のプロジェクトも、安倍政権によって「働き方改革」が注目され、残業規制、副業解禁、リスキル、といったテーマが一気に花開いた流れに乗ったものでした。そこからエンゲージメントサービス、副業支援サービス、労務管理サービスといったHR系テクノロジーの企業が伸びていったと。
その伸長の様子が政府の成長戦略で取り上げられたり、厚労省の「労働白書」に事例が出てきたりして、パブリックなイベントにもHR系テクノロジーの企業が登壇するなど、だいぶ追い風になりました。
国会議員と官僚には、どのタイミングで接触すべきか?
日比谷:先ほどは「法律が変わる流れの見方」を教わりましたが、政策など国の方針がどのように決まるのかも解説いただけませんか?
城:スタートは6月に出される「成長戦略」や「骨太方針」です。
6月は国会議員と官僚にとって、1年の始まりでもあり終わりでもある時期なんですね。まず、1月に招集される150日会期の「通常国会」では、前年に出された法案を6月にかけて審議し、「これから何を進めていくのか」のルールを作ります。
そして、並行して官僚は1月から5月にかけて、翌年の「成長戦略」や「骨太方針」の仕込みをします。企業や自治体が成長戦略や骨太方針に情報を提供するためには、官僚が仕込みをしているこの時期に働きかけておく必要があります。つまり、今年に働きかけたのであれば、その情報が載るのは翌年の成長戦略や骨太方針になるわけです。
6月に成長戦略や骨太方針が発表され、通常国会が終わると、霞が関では人事異動が起きます。事務次官という役所のトップをはじめ、事務次官以下の局長や幹部がみんな代わっていく。それと同時に、6月に決まった成長戦略や骨太方針を具体化するために夏からいろいろな議論をしていきます。
その政策を実現するための予算がいくら必要なのか、実現するためにどういうルールを変えなければいけないのか……このタイミングで役所は審議会を開いたり、実証実験を行ったり、年末にかけて法律案を具体化したりして、必要になる予算を算定していくのです。
夏から冬にかけては、実質的に種をどんどん育てていくような感じですね。そうしてまとめた予算案を翌年1月の国会へ提出し、最終的には国会議員に承認をしてもらう流れになります。総じて、国会議員より官僚のほうが、1年を通じては忙しいようです。
では、通常国会が終わった後、国会議員たちは7月から12月は何をしているのか。まず夏休み期間中は、地元に帰って国政報告や住民との交流を図り、ネタを探したりもします。地盤を大切にしないと次の選挙で勝てませんからね。
そして、だいたい10月くらいに臨時国会が組まれることが多いです。あくまで臨時なのですが、毎年のように補正予算が組まれており、招集がかかります。臨時国会も企業が乗っかれるチャンスの一つです。たとえば、景気が悪いと「経済対策すべき」という論調が強まり、臨時国会で補正予算を組んで、即効性のある経済対策を打ちます。ここに企業としても関わっていく余地があります。
臨時国会後の年末は、それを国会議員が地元へ戻って、「あの経済対策には自分が尽力した」なんて報告をしていくと(笑)。そんな1年を過ごしています。
日比谷:ありがとうございます。政治家と関連するには「ネタ探し」をしている時期に接触していくとタイミングが良さそうですね。
城:本当に応援したい政治家がいらっしゃる場合は、その人の地元まで赴いて、「応援に来ました」というのもいいでしょう。いざ、政策を変えてほしいときにも「地元まで来て応援してくれた」という関係値から、協力をしてくれるかもしれません。やや浪花節なところもあるんですけど(笑)、政治家は人情味のある人が多いので。理屈だけでなく、そういった活動も通して仲間を増やしていくことも有効かなと思います。
もっとも企業からしたら、年間の特定のタイミングしか政策を変える機会がないという実態は不満に感じると思いますが、年の初めに提案をしていくと、その後の半年ほどをかけて「成長戦略」にも持っていきやすいのではないでしょうか。
パブリックアフェアーズにおける投資対効果の測り方は、「何を成果と見るか」にもよりますが、とても難しいといえます。それこそ法改正を目指すのであれば、1年や2年は見なければ進みません。それほどのタイミングまで待てないなら、そもそも取り組まないほうがよいかもしれない。
一方で、補正予算での追加を図る、役所の文書を変える、国会議員との関係を構築するといったことなら数カ月で成果が見えるケースもあります。大きな目的だけを立てずに、ステップとしてKPIを置いていくことで、社内からの理解も得やすいのかと思います。
日比谷:確かに、自治体が「スタートアップの知見を求めます」と募集しているのにエントリーして、賛同企業として入るのであれば、数カ月で実現できるかもしれません。今日は言葉の定義といった初歩から具体例、最後は国政についてまで幅広く伺ってきました。城さん、ありがとうございました!
------------------------------------------------------------------
マカイラ株式会社
執行役員 城 譲
https://makairaworld.com/
大学卒業後、国土庁(現在の国土交通省)に入省。公共セクター(国土交通省、内閣府、国際連合UN-HABITAT)で12年にわたり勤務。その後、国内IT企業(楽天、メルカリ)での8年に渡り、法務・公共政策担当として勤務。
国土交通省では地域振興や航空政策等、内閣府では防災政策、また、国連では各国で深刻化する都市問題に対応するための調査分析を担当。楽天では法務課長、メルカリでは法務・政策企画マネージャーとして、IT分野における各種法律を中心に行政に対して規制緩和を働きかけるとともに、政治・行政との連携を実現する業務に従事。
官民の両セクターの経験から、両者の協働による発展的な政策立案の必要性を実感し、その推進のため2018年秋マカイラ株式会社に参画。
kipples(キップルズ)代表 日比谷 尚武
kipples代表。「人と情報をつなぎ、社会を変える主役を増やす」をテーマに、セクターを横断するコネクタとして活動。広報、マーケティング、新規事業、コミュニティ、トライセクター関連を中心に活動。
一般社団法人at Will Work理事、一般社団法人Public Meets Innovation理事、Project30(渋谷をつなげる30人)エバンジェリスト、公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会 広報副委員長、ロックバーshhGarage主催、他。