ALL STAR SAAS FUNDでは支援企業に対して「360度評価」を実施しています。VCとしての投資だけでなく、採用を含めた様々な支援を行う一環として、組織の問題点を第三者的な立場から指摘し、より良いチーム組成につなげていくためのきっかけとなることを目指しています。
たしかにVCの活動といえば、事業をよりドライブさせるための投資事業に主眼が置かれがちではありますが、いくらお金があったとしても、良い組織がなければ良いプロダクトも磨かれず、良いサービスも提供はされません。特にSaaSは企業の成長に人材が欠かせないからこそ、これら外部からの支援がより重要な意味を帯びてきます。
そこで今回は、ALL STAR SAAS FUNDが「360度評価」を行うようになった経緯、その中身としてどういったことに取り組んでいるのかを、マネージングパートナーの前田ヒロが明かします。さらに、実際にこの評価を受けた経験者として、ログラスCEOの布川友也さんにもお話を伺いました。
ログラスは2021年9月8日に京都で開催された、Industry Co-Creation(ICC)サミットの「カタパルト・グランプリ」で優勝を飾った注目企業。彼らの組織運営に対する考え、そしてALL STAR SAAS FUNDの外部評価はいかに寄与できたのかを聞いてみました。
急成長スタートアップの急ブレーキ…そこには「組織の問題」がある
前田ヒロ:ここ10年の投資活動を通じて、組織を定期的に診断し、状態を把握する必要性を感じることが増えています。というのも、ARR3億や4億までは一気に伸びるほど急成長していた会社が、途端に年度成長率が30%にまで鈍化することがあり、その原因が組織の問題に多いとわかってきたからです。
大きく二つの問題が、それを引き起こします。一つ目は、経営者や経営陣のキャパシティを使い切ってしまい、ハンドリングできなくなること。それにより「新しい手」が打てなくなるだけでなく、権限委譲できる人材を獲得できていなければ、コミュニケーション不全にも陥ってしまうのです。
二つ目が、社員は増えていても一人当たりの生産性が最大化されていないこと。人数比例して組織のポテンシャルが拡大しておらず、取り組むべき優先順位の意思決定もうまくできていない。目標設定や会社のビジョン・バリューの浸透も進まず、会社としての戦略に全員が同じように向き合えていないと、組織としての事業推進力が高まらないんです。
どれだけバリューを体現していても、戦略がうまく実行されていなければ意味がありません。バリューと戦略がつながった上で、それをメンバーが体現していれば、必然的に戦略も遂行されていくはずですからね。
「良い組織」においてビジョンやカルチャーの浸透が語られるのは、部署間の温度差を生み出さないためにも大切だからです。温度差は、組織として一体感を阻んでしまう原因です。組織の「熱」も高いところから冷たいところへと流れていきます。できる限り、組織全体で熱を高めていくためにも、各部署にビジョンなどが知れ渡るようにしなければなりません。
売上やKPIは、ある意味では「後から付いてくる数字」であって、先行指標にはなり得ないのでしょう。逆に言えば、SmartHRやカミナシといったような急成長企業には、それを維持できるだけの状態の良い組織があり、この関係性は比例しているとも思います。社員が生き生きと仕事をして、モチベーションが高い組織ほど、基本的には業績が高まりますよね。
事業の成長に組織が付いていけなかったケースは、投資家として関わるようになってからも、しばしば見てきました。成長を維持するための基盤が作れないと、人材の流出や退職が続くなど、いわゆる「組織崩壊」に陥ります。ただ、実は組織崩壊を経験すると、その後の会社の状態は良くなっていくことも結構多いです。
というのも、社員が一度たくさん抜けることで、改めて「自分たちは何が大事なのか、何を目指しているか」といったことが同時に整理され、再び「良い組織」に戻っていくのも、スタートアップでは多いんです。もちろん、そんな事態は痛手ですし、無駄な時間だから防ぐに越したことはないのですが、成長と組織の関係性を表すエピソードといえるでしょう。
「良い組織」の条件とは?
社員一人あたりの生産性を最大化させるには、会社としての「巻き込み力」が欠かせません。目安の一つは「従業員が自分たちの組織や会社を他人へオススメできるかどうか」を問うこと。この質問は、当人が職場でどれだけハッピーな状態であるかを表しています。僕が組織診断をする際にも、よく聞いてみる設問です。
あとは、組織や個人がスピード感を持って行動できるように、適切に情報開示がなされていることも大切。何かを判断するために、いちいち上司などの上位レイヤーに確認しているとスピードが落ちます。できるだけ適正な人たちで判断できる状態を作っていくためにも、権限委譲だけではなく、実は情報開示がないと判断基準が定まらないんです。バリューの浸透が重要なのも、それが判断を促すための要素の一つだからです。
そこで僕は診断時にも「何かモヤモヤしたり、悩み事が起きたりしたら、どれくらいのスピード感でそれが解決されているか」を尋ねてみます。たとえば、「相談相手がいて、案を一つ出せばすぐ解決されます」と答えられたら、ポジティブなシグナルだといえるでしょう。1on1の精度が高いともいえますし、その状況は心理的安全性の高さも表しています。
他にも、「経営陣の決断力や判断力においてスピード感があるか」「その決断はどれくらい信頼し、納得されているか」も見ておくべきポイントです。言い換えると、経営者から適切な量で情報共有がなされ、その決断が正しいものだと思える説明がなされており、社員が納得感を得られている状態を見ているわけです。
また、組織の課題を「課題である」と誰もが認識し、それを解決するスピードが速いか否かも重要です。課題が認識されながらも永遠と解決されない状態は、スタートアップ「あるある」の一つです。制度ができてない、採用が進まないなど、さまざまな課題を解決するスピードが全然追いついてない状態は、言わば「課題負債」だけが積み上がっていく。
「良い組織」は、課題をちゃんと認識し、その解決に「誰がボール持つのか」がはっきりしており、2〜3ヶ月以内には解決している
本当に「良い組織」とは、課題をちゃんと認識し、その解決に「誰がボール持つのか」がはっきりしており、2〜3ヶ月以内には解決している状態ともいえます。
VCだからこそ「他社との比較」が取り入れられる
しかし、自分たちの組織を客観的にチェックするのは、とても難しいことです。感情的になりますし、人間関係や過去のしがらみなども湧き出てくる。そこでALL STAR SAAS FUNDが第三者として診断することで、組織の改善に貢献できると考えています。僕らはVCとして多くの企業にも目を光らせているので、「他社との比較」を提供できるのもメリット。
たとえば、「なぜ、バリューの浸透が進んだ会社と、そうでない会社には差が出るのか」「目標設定が適切な会社は何に気をつけているのか」「育成がうまい企業の共通点とは」……といったように、たくさんの会社を通して得た知見を持って、診断する企業の状態を他社と比較することで、客観的かつ相対的な立ち位置が見えやすくなると思っています。
ALL STAR SAAS FUNDの組織診断では、安心して話せる環境作りにこだわっています。経営者をはじめ、社員の方々にもお話を伺うのですが、特に組織評価に協力してくれている従業員が特定されないような形で経営陣へフィードバックすることには、相当な意識を払っています。
他にも、現在の悩み事を聞き、その場で解決のヒントを提供することもあります。一方的に会社の状況を教えてもらうのではなく、こちらからも提供できることを手渡せたらと思っているからです。「御社はこのあたりが他の会社と比べても優れているから、自信を持って伸ばしていきましょう」と伝えられるときには、積極的に話もします。
僕らは組織診断を通じて、会社のことをもっと好きになってほしいから、コミュニケーションを図っているんです。うまくいっていることの気づきを得るきっかけ作り、というか。組織課題のヒアリングとなると、どうしてもマイナスの話が多くなりがち。だから、ミーティングの最後には「うちにもこんな良いところもあるんだ」って気づいてもらいたいですね。
経営者とは「一緒に良い未来を築く」というスタンスで臨む
経営陣へのフィードバックをするとき、VCは運命共同体のようなものですから、言い訳や隠しごとをせずに、お互いにさらけ出すトーンでフィードバックしていくのが大事だと思っています。経営陣からすれば、自分の命を賭けて作っている会社と組織だから、そもそも駄目出しされること自体がツラい。
でも、組織の評価が悪い=会社の評価が悪いというわけでは必ずしもありません。「このツラさを共に乗り越えることによって、絶対に良い未来を築けると思う」と話をして、一緒にもっと良くしていけるように寄り添っていくスタンスを表します。経営陣が少しでも安心して、僕らからのフィードバックを受けられるのではないか、と考えるからです。
また、スタートアップはフェーズによっても大きく変化し、その時間は仮に1年あれば十分な程です。数々のフェーズにいる企業を見てきたVCだからこそ、時系列も含めたフィードバックができるのは、僕らが組織診断に関わる理由の一つといえるでしょう。
それに、意外と経営者はメンバー全員と話をする機会って、少ないと思うんです。僕がある会社の組織診断をさせていただく過程で、それこそメンバー全員とお話をすることもありますが、まとまった時間を取って自社で同じことやりきろうと思うと、案外難しい。外部パートナーだからこそ取り組めるのもポイントなのかな、と。
フィードバックループが滞ることの悪循環
組織診断ではマネージメント観点も大切にしています。心理的安全性が保たれ、人が定着する組織でないと、事業としてのフィードバックループが遅くなってしまう弊害が起きてきます。お客様に最も近いメンバーが得た情報は、顧客が抱える課題の解像度としても高いからこそ、それを事業に反映できないとプロダクトやサービスを改善しにくくなる。
メンバーの定着というだけでなく、事業や組織全体のフィードバックループを高めるためにも、心理的安全性を軸としたチーム同士が連携するカルチャーが重要なのだと思います。
他にも、OKRを全体的に推進されているか、一人の育成が進んでいるか、モチベーション維持や管理ができているか……といった観点をチェックするのですが、これらは組織が拡大していくときにスコアが低いと、ネックとなってしまう可能性が高まるからです。
一例として、支援先でもあるSmartHRには継続的に組織診断をさせてもらっています。2020年は社員200名のうち35名と30分ずつの面談を行い、その結果を「社長の評価」としてレポートにまとめ、フィードバックしました。結果については、 CEOの宮田昇始さんがブログにまとめているので、ぜひ参考にしてみてください。
ログラスが掲げる「良い組織」の3条件
ログラス CEO・布川友也さん:僕らにとっての「良い組織」の理想像は、大きく3つから成っています。
一つ目は、アウトカムを重視できる組織。一昔前のスタートアップって、全員でワイワイと夜中まで頑張って働くのが、僕の勝手なイメージで(笑)。ただ今は、個人の成果の出し方にも多様性を認めるのが大事になってきていると感じます。GAFAにしても「オフィス回帰」をしようとすると従業員から猛反発を食らったりしていますよね。
「結果の出し方」で多様性を認められる組織が、これからの「良い組織」には欠かせない
スタートアップは尖った人を採用しなければならない、というのは今まで通りでも、それ以上に「結果の出し方」で多様性を認められる組織が、これからの「良い組織」には欠かせないと思います。
二つ目が、心理的安全性が高く、メンバーの貢献意識が高い組織。これは僕の原体験にも紐付いています。大学で「アルティメット」という競技のサークルに入ったところ、全国大会にも出る選手がいて、関係性も長い人たちで固まっていたんです。ハイレベルで文化的に確立している組織に後から入ることの難しさを、当時の僕は強く感じました。
それゆえに、「自分はここに居てもいいのだ」と思って発言できることや、自分の働きが貢献できている実感が得られることが、心理的安全性の面でも大切なんです。メンバーの貢献度合いが仮にささやかでも「称賛する文化」があることで、アウトパフォームしやすくなるというのも大事です。
三つ目は、戦略と戦術の正しさをベースにしてハードワークできる組織。正しく結果が出ていれば働く側は報われますから、ハードワークを厭わなくなります。
ここで言うハードワークは長時間労働を意味しません。僕にとってハードワークとは「最大限にパフォーマンスを引き上げ続けること」だと思いますし、「生活と仕事をチューニングして正しく維持すること」も含めて、その一部だと捉えています。たとえば、家庭を顧みずに仕事だけに努める人は、僕は真のハードワーカーではないと思うんです。
キャリアプランを考え、家族からの理解を得て、なおかつ結果を出す。そこで経営者としては、戦略や戦術を正しく示していくことが、組織において重要であるわけです。
相互感謝を忘れないために、バリューに組み込んだ「未来志向」
ログラスでは、今挙げた3つの要素を重視していますが、特に二つ目につながるような取り組みとして、「相互感謝を絶対に忘れない文化」を作るための意識付けをバリューに組み込んでいます。それが“Feed forward”で、フィードバックとは真逆の時間軸にある概念です。過去ではなく未来を重視したフィードバックともいえるでしょうか。
フィードバックとは過去から振り返って周りに示唆を出すことだと思いますが、ログラスではその示唆を出すときには、「会社の成長に寄与するために、今後このように行動してほしいです」といった、将来を見据えた改善を伝えることを重視しています。そして、前向きでお互いのためになるフィードバックをするために、バリューに組み込んでいます。
受け入れる側からすれば、手痛いことほど厳しいですし、嬉しさはより大きくなりもしますが、何よりもちゃんと受容することを意識してもらうようにしています。
具体的な例として、「KAMI会」と「HeyTaco!」という2種類のマルチ感謝システムを導入しています。KAMI会は以前にnoteにも書きましたが、毎週金曜日に具体的な事象に紐付けて、他者宛に感謝を伝える付箋を渡す時間。今は「miro」を用いてオンライン開催しています。毎週行うことで感謝の振り返りになり、受け取った側は自己承認欲求につながります。
HeyTaco!は、いわゆるピアボーナスの一種で、Slackに組み込めるUniposのようなものと言えばいいでしょうか。誰かの感謝がリワードになって貯まり、景品と交換もできます。
“採用全員コミット”は組織運営も助ける
ただ、全員が組織作りを意識するのは、僕はすごく難しいことだと考えています。日々、自分の目の前に業務やミッションがあって仕事を続けていると、組織というものを考える瞬間はなかなか訪れない。それがリモートワークならなおさらです。
だからログラスでは、あえて「組織のことを考えましょう」とは伝えずに、「とにかく採用にコミットしてほしい」という方針を取っています。採用候補者からは「ログラスってどういう会社なんですか?なぜ入社したんですか?」といった鉄板の質問があるわけですが、それに対してどう答えるかは、自分がログラスという組織をどのように見ているのかと、表裏一体なんだと思うんです。
語るうちに「今の自分は組織にコミットできていないな」と感じるかもしれないし、その逆に「案外理解できているんだ」と認識するかもしれない。組織に対する自己理解が進むんですよね。最近は「ログラスのミッションを理解する場が欲しい」という意見が社員から出てくるようにもなっています。採用の全員コミットは、そういった効果も実感できますね。
それから、ログラス独特の採用プロセスに「人生マップ」があります。似たようなものに「モチベーションマッピング」ともいわれるものがありますが、生まれたときから直近までのテンションを線グラフで書いて、その上がり下がりを全候補者に説明してもらっています。
そこで社員からも時々質問が飛ぶわけですが、答えを聞きながら「この局面で自分ならどうやって判断するか」「これほど素晴らしい人生を聞くと自分の身も引き締まるな」といった思いを抱く。自分が採用に関わった人が組織の血となり肉になる感じを持つと、組織にも愛着を持ちやすくなります。それを僕は「組織への自己投影感」と表現しています。
こういった感情を抱くのは、トップダウンでは無理だと思います。ボトムアップで組織を「自分のものだ」と思えるように、今はさまざま頑張っているところです。
社員では声を挙げにくいことほど、外部からの評価が刺さる
ALL STAR SAAS FUNDからの組織診断を受けたときは、ヒロさんからは「シード期にしてはそこそこ出来ている」という評価がありました。でも、僕自身としては思ったよりできていないことが多いとも感じていて。
中でも「目標管理がちゃんと成されていない」という指摘は、今となってはマズいとも思いますが(笑)、確かに当時はプロダクトを出したばかりの手探り中で、目標を置けていなかったんですね。
その指摘をもらってからは、ケイデンスとOKRを組み合わせた最高レベルの目標管理システムを作ることに取り組んできて、そこから採用も急速に回りだしました。(※ログラスの採用については、以前に掲載したこちらのエンジニア採用記事に詳しいです)。
これらもALL STAR SAAS FUNDの組織診断があったからこそ取り組めましたし、内部からは意見がなかなか出てこなかったことでもあります。他にも「バリューがない」という指摘を受け、制定に乗り出したのも結果的には良かったです。それがログラス独自のカルチャーや仕事の仕方として根付いていくきっかけになりましたから。
あとは、CEOに対する「信用フィードバック」も付いていて、とても参考になりました。僕は創業社長という環境もありますが、意思決定も思い切った発言も果敢にする、どちらかというとパワープレイな経営スタイルだと自認しています。それが良さを生む面もあれば、社員からすれば僕の言動へフィードバックするのが難しいという課題もあるはずなんです。
それを1年に1回の大きな振り返りの場として、ALL STAR SAAS FUNDから第三者的に意見がもらえるのは、とても価値がある時間だと感じています。