ラクスルは印刷、広告、物流など、デジタル化が進んでいない産業に向けた複数の事業を展開しています。今回はラクスル代表取締役社長CEOの松本恭攝さんに、「新規事業の立ち上げ方」や「複数事業のための経営システム」について話を聞きました。
これから新規事業を立ち上げようとしている方々や、将来は複数事業を展開したい経営者にとっては参考になるポイントも多いはずです。内容の全編としては、Podcastとして配信しましたので、そちらも併せてどうぞ。
下記はその内容から抜粋・再構成し、記事化したものです。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナー・前田ヒロが務めました。
上場時とは全く違う会社みたいになってきた
前田:最近のホットトピック、ありますか?
松本:2018年の上場時と売上構成比がずいぶん変わってきたんです。それまでのラクスルは品質が良くて納期が早い“チラシ屋”として印刷に強みを持ってきましたが、ポスティングや折り込みチラシ、Tシャツやマグカップといった紙媒体以外のノベルティ、それから梱包材プラットフォームの「ダンボールワン」との提携など、印刷領域でも拡張してきて。
他にも運送マッチングサービスの「ハコベル」や運用型テレビCMの「ノバセル」も成長をして、ついにラクスルのチラシ関連印刷の売上が全体の5割にまで減ってきました。上場したときとは全く違う会社になってきているんです。
これからは複数のプラットフォームを運営していく中で、どういった経営システムを埋め込んでいくべきかを考えることに、この3年間は一番時間を使っていますね。
前田:やはり複数の事業が動きだすと、経営システムは全然変わってきますか。
遠心力の利かせ方と求心力の取り方。この両面に意識を働かせるのが大事
松本:そうですね。大きな違いで言うと、CEOである自分自身が判断する場面は減り、それぞれの事業を率いるリーダーが自ら決定していかなければいけません。言うならば、リーダーたちが「遠心力」を利かせていく仕組みである必要がある。
一方で会社全体としては、バランスの良い投資や成長、そして収益という、会社としての「求心力」の全体最適を続ける。遠心力の利かせ方と求心力の取り方。この両面に意識を働かせるのが大事です。
各事業部に「取締役会」を設けている
前田:現段階では経営システムはどういった状態ですか?「最近できるようになったこと」はありますか。
松本:ガバナンス、予算、人事的評価、報酬といったいくつかのレイヤーがあります。
ガバナンスのレイヤーは、全社の取締役会の他に事業ごとの取締役会も設けられていて、上場前のラクスルが取締役会で決められるのと同じぐらいの権限を、各事業の取締役会にも渡しています。要は、全社の取締役会に各事業の意思決定を上げず、各事業部を一つの会社として見立てているのです。
例えば、ノバセルは事業部メンバーに加えて、コーポレートなど他事業のメンバーで取締役会が構成されています。他事業部のメンバーはまさに社外取締役の役割を果たし、ノバセルは彼らの同意を得ながら意思決定をしていく形です。また、その取締役会の一つ下に経営会議を設け、そこでも意思決定権を持った執行メンバーで事業を進めていきます。
つまり、全体に対する説明責任をあまり負わせないようにして、各事業の中で閉じるけれども、取締役会という形で外部にも一定の説明をしてくださいね、という仕組みなんです。仮想的ではあるのですが、社外取締役のようなメンバーも参画し、経営の遠心力を働かせる部分として機能しています。
一方で、求心力を働かせる部分で言うと、全社の横串で行う判断ですね。これは極力、判断ではなく「ガイダンス」や「スタンダード」と呼んでいます。
たとえば、CFOが「今期の各事業の売上総利益を上げていこう」「広告宣伝費、売上総利益に対して何%以下で投資をしてください」と号令をかけるとします。ラクスルでは各事業の売上総利益を人件費で割り戻して、レシオを作っているんですね。このレシオを、毎年5%、20%と改善してくださいと。
これは各事業部ではなく、資本市場に対してラクスル全社での全体最適を取っていくために、「ガイダンス」によって実現していく。これは求心力ですね。
これまでは経営も執行も同じメンバーで一つの事業をやっていたところから、上場してからは、現場の最前線にいる人が事業のリーダーシップを極力握り、一方で全体最適はコーポレートが持てるような仕組みを導入したわけです。
各事業部で共通化しているもの、独自で任せているもの
前田:そうなると、松本さんの携わり方や現在の立ち位置って、「ポートフォリオを持った投資家」みたいな感じですか。
松本:おっしゃるとおりですね。ポートフォリオ全体の最適化をして、企業価値をどう上げていくか。ビジョンやミッションをどう実現していくか。それを考えるのは大きなテーマです。
前田:実現のために、どういった仕掛けをしていますか。
松本:取締役会の一部メンバー、ラクスルの執行取締役、コーポレート役員が一緒になって「エグゼクティブコミッティ」という場を設けています。「3年後や5年後のポートフォリオは今のままでいいのか」といったように現状のポートフォリオの評価、そのポートフォリオを率いるリーダーの評価などについて、企業としての価値を最大化させるための組織です。そういう議論を年に4回、1回8時間かけて行います。
各事業との関わりで言えば、ラクスルは私が日々細かく見ています。一方、ノバセルやハコベルは取締役会への参加を通じて方向性を議論しているので、月に90分の関わりですね。
前田:面白い! 各事業で共通化しているもの、各事業で独自で任せるもの、その棲み分けは?
松本:まず、共通化しているのは人事システムです。評価制度や報酬形態は全社一元です。また、部長職以上のグレードに関しては他事業部の取締役が面接に入り、リーダーシップのクオリティに関してはかなり一元化しています。ハイヤリングにおけるプロセスやマネジメントも一元化しています。
ただ、戦略は各事業でまちまちです。全体での議論も一切しません。事業の予算を大幅に超えるような超過収益が出たときには、収益の分配権は各事業部内にあるので、新たな投資に回しても構いません。
ガバナンスの仕組みを分けています。年間で戦略投資や投資予算を組んでおり、これはCEOである私の一任で使えます。そして、使ったものに関しての説明責任を負いません。たとえば、新規事業を立ち上げるタイミングでの状況アップデートやバジェッティングも、「これだけ使いますよ」という金額だけ伝え、使う部分に関してはガバナンスをかけずに説明責任を負わせない形を取っています。
今は、インドやベトナムで組織の立ち上げをしているところでして、ハイヤリングのプランに対しても、あまり説明責任を負わせないような形で、しばらくはクローズドで走っていき、まずはメンバーの中だけでシェアされているような状況に置きます。そこが回り始めたタイミングで、予算の中に組み込んで説明を求めていくようにしています。
理由としては、立ち上げ初期のタイミングなんて、もうぐちゃぐちゃですし、どんどん変わっていくのが前提だからです。人材面でも、一定以上に大きくなった事業を回すことが得意な人と、カオスが好きな人と、ゼロイチが好きな人は思考形態も違いますから、ここを混ぜると互いに大きなストレスを感じてしまいますので、切り分けるようにしていますね。
前田:バリューなどカルチャー面は共通化しているのですか。
松本:「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンは共通しています。バリューである「リアリティ、システム、コオペレーション」は、どういった事業でも、解像度を高く持って、まずは手でやってみて、それを仕組み化し、複数のメンバーで協力をしながら価値をデリバリーしていく、というのも共通です。
一方で、印刷業、広告業、物流業とそれぞれ違ったインダストリー、サプライヤー、クライアントを持っていますから、事業の持つ「ミッション」は各事業ごとに定めています。つまり、バリューは共通化しているけれども、各事業部の構成メンバーはバックグラウンドも異なるので、カルチャーも異なるものになってます。「遠心力」が利いていると感じますね。
「続けない」という選択肢を初めから置きすぎない
前田:新規事業を決める上での基準や決め方はありますか? マクロから課題を見つけていくのか、既存事業にシナジーがある形を選んでいるのか。
松本:その二択であれば両方からのアプローチが有り得ます。共通しているのは「誰かの中で確信が持てたらGO」です。
最も成功確度が高くて美しいのは「周辺領域」でしょう。たとえば、チラシ印刷をするお客様が求めるのは「お客様が欲しい」ですから、私たちがチラシも撒こう。それだけでなくて、ラクスル自身がこれだけテレビCMを打っているのだから、テレビCMもお客様へ提供したら喜んでくれるんじゃないか。そうして生まれたのが「ノバセル」です。
今、現場で行っている事業の中で解像度が上がって、「この業界って、実はこんな業界構造になっていて、それを変えていけば事業が作れるんじゃないか」と生まれるのが一番良いですね。
一方で、運送業界にアプローチするハコベルのように、飛び地を手掛けていく方向性も有りです。組織運営のノウハウはあっても、お客様やサプライヤーの解像度、業界構造についてもゼロからスタート。それでも業界の仕組みを変え、産業インフラの今後30年間を作れるという好機を見つければ、基本的には飛び込んでいくように決めています。
ただ、「一度決めたらやり続ける」というのが、私たちのスタイルですね。
前田:その上で聞いてみたいのが、「続けるか、続けないか」という線引きは、どのように決めているのでしょう。
松本:基本的には「続ける」です。むしろ、「続けない」という選択肢は置かないようにしようと。
業界に非効率が存在し、デジタル化が必要であり、将来は必ずデジタル化していく。その中で私たちはデジタル化の社会インフラを構築していく気概を持って、マーケットを選び、ビジネスを作っています。
その気概ある者として、「2年や3年で立ち上がらなかったからやめる」という選択は極力ないようにしたいのです。言い換えると、判断軸をデジタルチックに持ちすぎないようにしよう、というのが前提です。
やめるかどうかではなくて、「どうやったら続けていけるか」という問いを置いている。
やめるかどうかではなくて、「どうやったら続けていけるか」という問いを置いています。それでもちろん失敗もしてきましたが、重要なのは負荷がかかりにくい、大きな投資にならないようにしていくこと。
組織が大きくなっていったり、投資額が膨らんでいったりすると、どうしてもマインドシェアが取られます。うまくいかないときほど、「これだけの投資をしたのに伸びないなら他に賭けよう」といった議論にもなりやすい。
でも、ビジネスは線形で成長していくわけではなく、あるとき突然にPMFを迎え、グロースが見えてきたら、エクスポネンシャルに立ち上がってくる。このPMFを果たすためのドライバーを探すまでの旅に、途中で耐えきれなくならないようなサイズ感で事業を継続するようにしています。
投資額に対するガバナンスを比較的きつめにかけることによって、長く続けられる体制を作っていく。それが「どうやったら続けていけるか」の秘訣かなと。ラクスルでここまでビジネスを続けてきて見つけてきたアプローチだと思っていますね。
これらは経営に関しても同様のところがあります。2009年前後に起業した友人たちは8割くらいは今でも経営者ですが、「10年以上同じ事業を続けている人」は多くなくて。でも、企業はうまくいってるときほど複利が効いて、しかも後になればなるほど効き始める。つまり、世の中にインパクト与えようとすると、長く続けることは必須なんですよね。
前田:長く続けることで、モチベーションが維持しづらくなることはありませんか。
松本:好奇心を満たし続けることが大切です。単一の企業を経営していると、今持っている強みや効率を次にも引き継ぐようになり、それが自分の「やりたいこと」とズレたり、自分自身が変化していったときに会社が対応できないこともあると思います。
だから、自分が長く続けるためにも、複数のビジネスモデルを持つ事業をいくつもやっていく。それによって、ラーニングやチャレンジができる環境を会社に作り続ける。そうして長く続けていけるように仕向けている側面もありますね。
「ゼロイチを生まなければいけない」という組織マインドの育て方
前田:既存事業が大きくなった段階で新規事業を考えると、既存と同等あるいはそれ以上のポテンシャルを探しにいく枷が課される、というのはよくあるジレンマだと思います。ラクスルはそれらのスケール感について、どのように考えていますか。
松本:事業をやる中からしかチャンスは見えない、と思っていて。最初に立てたマーケットやポテンシャルと、3年後に見え始めたときのポテンシャルって変わりますよね。まずはバッターボックスに立つことのほうが重要。
もちろん、一定程度のマーケットサイズがある領域に挑んでいこうという考えはありますが、その事業のポテンシャルはやってみないとわかりません。それに、事業をやる人でも変わってしまいます。だから、立ち上げ時には重視していないですね。
まずは「仕組みが変われば、世界はもっとよくなる」というビジョンを実現し、産業インフラを作っていくことが前提。インフラを作る立場は、どの産業でも1兆円単位の売上を持つことがほとんどです。その規模感にならないと「インフラ」とは言われない。そのポテンシャルを持っている産業であれば、ずっと成長し続けることができるはずです。
前田:なるほど。成長余地のほうに重心がある感じですね。
松本:ラクスルは中長期で30%以上の成長をし続け、売上総利益も30%以上伸び続けるというのを決めています。そうすると、「ややストレッチ」くらいの計画だと「2025年にこの程度の着地になるから、30%成長を考えると、これくらい足りない」といったように、数字を見ながら叶えていきます。
「5年後にこれだけの売上総利益を作れる事業を作るには、確率論的には、現在いくつのシードで弾となる事業を作らないといけないか。そのうちの何割がPMFできるか」といったように考えて新しい事業を仕込み続けないと、成長率は鈍化していきます。逆算すれば、それを実現するにはゼロイチの事業を生まないといけない。これは全社全事業で共通です。
仕込んだものが全て成功する必要はありません。そのうちの3割でも当たれば、十分に大きな事業を作れるというポテンシャルを、しっかりと信じられるような新規事業へ投資するカルチャーを作ろうと。
もう一つは、投資銀行さんなどとお話をして、各事業をばらばらに評価したときの企業価値を算出することも始めています。そうすると、必ずしも大きな事業に価値がついているわけではなく、成長事業に価値がついているのを、みんなが認識し始めます。
つまり、ゼロからイチの「伸びる事業」を作り出し、それがお客様に熱狂的に支持され始めた瞬間。これこそが価値を一番に生み出すタイミングだと、チームやリーダー全員で共有をし、そこに対して投資をかけていくというコミュニケーションでもあります。
「30%成長の逆算」と「事業ごとの企業価値」という観点で、ゼロイチの貴さを知り、新事業のネタを作るマインドシェアを高く持ち、新規事業を生み出しやすくイノベーションのジレンマを乗り越えられる組織を作っていきたいと考えていますね。
前田:聞けば聞くほど、すごく「VCっぽい動き」をしてるな、と思います(笑)。
松本:そうかもしれないですね。複数の産業で事業を作っていこうとしているのも大きいとは思います。あとは私の仕事は、才能ある人やチームが生き生きと働き、それが新しい価値を生み出し、その価値が世の中を変え、お客様に喜んでもらえる場を作っていくこと。これを自分自身のミッションに据えているので、VCに近い動きともいえそうです。
複数事業をつくる起業家は、自分が主役であってはならない
前田:ラクスルのような体制を組むには、人材面が特に鍵となるように思います。事業責任者の選抜は、どのように進めているのでしょうか?
松本:すごく難しい質問ですね。私はラクスルという会社を「3つのプラットフォームにしていきたい」という話をしているのですが、そこから紐解くと良いかもしれません。
1つ目は、ビジネスクリエーション・プラットフォーム。産業を変えるプラットフォームを作る会社になることです。
2つ目は、ヒューマンクリエーション・プラットフォーム。人材を輩出するプラットフォームを作ることです。
3つ目は、ウェルスクリエーション・プラットフォーム。その場で働く人へ投資をしてくれた方が、資産を形成できるプラットフォームになることです。
とりわけ何が重要かと問われれば、私は「人」だと思っています。ただ、実績を持った人をたくさん採用したいわけではありません。人は機会によって自らを変化させることで成長していきますし、自分で事業を作っているほうが愛着も重くなって考え続けられ、より良いものを作れると思っています。
まさにVCの「人に投資する」に近いとも思うのですが、何と言われようと「自分が信じる未来を、自分で信じ続けられる」という熱量は特に重要視しています。あとは「進化が早い人」ですね。いろんなアドバイスを聞いて丸々受け入れるわけではないけれど、素直さを持って進化をやめない。
こういった要素は生まれ持ってというよりは、事業を経験する中で突然変わっていくケースが多いと感じています。それこそ“覚醒”する場合もよくある(笑)。だから、まずは一度信じて任せ、その人を見守ることが大事かなとは思っています。
前田:僕も昔、新規事業の担当者だったことがあるので気になるポイントとして、「アイデアの生まれ方」も聞かせてください。事業責任者の発案なのか、松本さんが市場を選定してトップダウンでお題を出すのか、どういったアプローチがあるのでしょう。
松本:言い出しっぺは私であることが多いです。「この市場でこういうことをしたい」と提案する。それはファウンダー的な「空気の読まなさ」が求められるところなので、役割としても私が引き受けるケースがよくあります。
ただ、それは最初のきっかけでしかなくて。本当のアイデアは事業の只中にいるリーダーから出てきます。そのあたりも織り込み済みで仮説は持っておくものですが、本当にその業界を知り尽くした人でない限りは、最初の仮説なんて外れるものだと捉えていて。どんどんビジネスモデルが変わり、提供価値も変わっていく。そこは現場の最前線で熱量を持ってやっていくリーダーが提示していきますね。
前田:事業責任者の選抜は社内からのこともあれば、外部から引っ張ってくるケースもあるのですか。
松本:今は外部からが多いです。ゼロから組織を作り上げていくようなイメージです。「新規事業を任せたい」とあらかじめ伝え、その期待値を持って入社してもらう。なので、私も1次面接から参加しますし、面談を月に50本や60本と入ることもありました。
一つ気をつけているのは、起業家は構造上、自分が主役になりがちなのですが、複数の事業を作っていこうとするときは「自分が主役であってはならない」と思っていて。今は名前を持たない人が名前を持つようになる。それを何人作れるかが大事だ、と。そうして、同じ志を持つ人として、共に同じ会社で長く続けるにはどうしたらいいかを考えるのです。
そういう思考が自分の中でも今は大きいです。それはビル・キャンベルの『1兆ドルコーチ』という本に影響も受けましたし、(前田)ヒロや(佐俣)アンリといった投資家たちから私が学んでいるフェーズなのかもしれません。起業家ではなくて、プラットフォームとして場を作っている人たちからの学びですね。
前田:そういう言葉が聞けると、やっぱりうれしいですね。
BtoB SaaSも「toC」の基準で見られるようになってきた
前田:今の流れで……逆に、何か僕に聞きたいことってあります?
松本:SaaSのビジネスがメジャーになってきた中で、あらゆる産業のソフトウェアが切り替わり、もっと変化が起きていくと思うのです。ここ5年ほどを振り返ったときに、SaaSというビジネスモデルに起きた変化と、今後起き得る変化を教えてください。
前田:大きな変化としてはお客様のリテラシーが高くなってきていること。今までは「SaaSとは何ぞや」から伝えないといけなかったのが、すでに何かしらのSaaSを体験済み、あるいは導入済みのケースが増えています。売りやすさは上がった一方で、値段に対するリテラシーも高くなってくる。納得感を得られるプロダクトやサービスを作らなければならないのは、これまでよりもハードルが高くなった点かと思います。
営業でも競合や他社のプロダクト、あるいは代替サービスの名前が、お客様側から出てくるケースも増えてきたと聞いています。それらと何が、どのように違い、いかなるメリットを与えられるのかといった説明の必要が出てきたわけですが、全体としては良くも悪くも大きなプラスだと捉えています。「お客様のリテラシーが高くなる=本質的にプロダクトやサービスを良くせざるを得ない」という意味では、業界的にはプラスですからね。
それに付随して、SaaSに限らず、toCのプロダクトも同様ですが「求められる基準」も上がってきています。TikTokもすらすら動くし、ワンクリックで配車はされるし、デリバリーも頼める。toCの世界が便利になっているので、toBの世界においても「同じくらいの便利さ」を求められるのですね。
「LINEみたいにサクサクと動かない?」「メルカリみたいに簡単に見つからないのはなぜ?」「Uberみたいにワンクリックで自動化されないの?」といった言葉が、toBの現場でニーズとして出てきています。これまでのtoBプロダクトは、使い勝手の面では劣るイメージが強かったのが、基準がtoC寄りになってきて、その質が求められているんですね。
松本:UXとして機能を満たしていればよかった時代から、toCのようなUXも入ったサービスにしていかないと、受け入れづらくなっていく、と。
前田:まさにそうです。スマホを通したサービスであればあるほど、そのニーズが高くなってきています。スマホ内のアプリと同列に並べられたときの使い勝手を見られている、ともいえますね。面白い変化ではあると思います。
松本:なるほど、ありがとうございます。
前田:こちらこそ、ありがとうございます。今日は松本さんの話、いろいろ勉強になりました。すごく楽しかったです。