Fintech×バーティカルSaaSの将来性への期待──アメリカのトップティアVCの一つであるAndreessen Horowitzが2020年8月、自社メディアで「Fintech Scales Vertical SaaS(FintechがバーティカルSaaSを拡大させる)」と示唆したこともきっかけとなり、この掛け合わせは注目をより集めることとなりました。
Andreessen Horowitzは「ソフトウェア市場を拡大し、新たな潮流となる」と解説。その理由は大きく2つです。
- Fintechの掛け合わせにより、ユーザー1人当たりの売上は通常のSaaSに比べ、2〜5倍拡大すること。
- SaaS単体では市場規模(TAM)が小さすぎたり、顧客獲得コスト(CAC)が高すぎた産業分野にまで、SaaSが染み出す余地を広げること。
自社のSaaS事業にFintechをいかに組み込むか。この観点は、顧客のパイを広げ、顧客単価を高めるためにも有効な打ち手の一つとなっています。事業者としても、投資家としても魅力的な戦略ではありますが、実行するとなれば商習慣を踏まえた準備が必要です。
そこで今回は、主に教育市場をターゲットにした請求・集金管理の“バーティカルSaaS"と、キャッシュレス決済の”Fintech”を組み合わせたサービス「enpay」を提供する株式会社エンペイの田野晴彦CTOに、そのポイントを伺いました。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのパートナーである湊雅之です。
(この記事はPodcastで配信された内容を抜粋・再構成したものです。全編はぜひPodcastからどうぞ。)
保育業界における、明確なペインが解消されないままだった
湊:国内外で「決済Fintech×SaaS」の事例が増えてきています。パターンとしては大きく2つ。Day1からFintechを志向するケースと、SaaS事業者がプロダクトを増やす過程でFintechを組み込んだケースです。
前者はいわゆるBaaS(Banking as a Service)のほかに、決済サービスの「Stripe」や、以前にALL STAR SAAS FUNDのカンファレンスにも登壇してくれた理髪店特化のバーティカルSaaS「Squire」が代表例です。後者はECサービスの「Shopify」や経費管理・企業間調達プラットフォームの「Coupa」が挙がります。
国内でも今日お話を伺うエンペイをはじめ、ECサービス構築支援の「BASE」、あるいは介護施設向けSaaSの「カイポケ」、会計サービスの「freee」や「マネーフォワード」といったプレイヤーが動きを見せています。
そこでまずは、エンペイが「決済Fintech×SaaS」に勝ち筋があると思われた理由を、起業の背景も含めて教えていただけないでしょうか?
田野:共同創業者でCEOの森脇(潤一)は元同僚で、保育園に関するサービスを一緒に作っていました。その際に、支払いや決済といった出金の仕組みに課題があることを知りました。
湊:具体的にはどういった課題があり、それをいかに紐解いていったのでしょう?
田野:10校以上の保育園にヒアリングしてみると、課題の共通性がわかりました。集金一つとっても、締め切りを守って払ってくれる人は決して多くはなく、期限を過ぎれば催促していく必要があります。しかし、特に保育園では、保育士と保護者が話す時間が実はとても短いものです。子どもを送り迎えするわずかな時間で、子どもの状態や情報に加え、お金に関する話もしなければならないとなると、保育士の業務的負荷や心理的負荷も高い。
また、単にお金を集めるだけではなく、その後に続く業務も膨大です。集金した封筒を開き、全ての消込作業を行なわなければいけない。しかも、作業後は現金が施設内に置かれている状態を防ぐため、大量の小銭を銀行へ入金しにいきます。ところがニュースなどでご存知かと思いますが、最近になって小銭の入金手数料がかかるようになったことも悩みです。さらに領収書の発行や会計処理なども発生し、深刻な現場の負担が見えてきたのです。
保育業界はここ3〜4年間で、一気にDXが進んだ領域です。国が補助金を手厚くしたり、さまざまな事業者が参入してきたりといった状況なのですが、プレイヤーが増えても決済周りに関する解決策を誰も提示できていない状態だったのです。
しかし業界課題は改善される気配が見えず、「それならば」と立ち上がったのがエンペイが生まれた背景です。当時は日本でもPayPayが大規模キャンペーンを張るなど、決済Fintechの熱が高まっていたのも追い風だったと思います。
「やさしい」フィンテックが必要だった
湊:戦略的にFintechを絡めたというよりは、明らかなペインの解消を図ったこと、業界自体が盛り上がっていたことが、起業の背景にあるのですね。
田野:創業のタイミングでは会社としてのミッションよりも、まずはプロダクトで課題を解決することに注力してきました。ただ、昨年にシリーズAの資金調達をして、会社としてのメンバーも増えたことで、改めてミッションを刷新し、公開しました。
それが「やさしいフィンテックを。」です。この「やさしい」には2つの意味を込めています。一つは使いやすさなどの易しさ、もう一つは他社に対しての優しさですね。エンペイが接するのは保育業界など、これまでキャッシュレス化の波に乗っていなかった業界が意外と多いのです。使う人のリテラシーが異なり、単純な決済サービスを設けても合いません。
それらの事情を加味した上で、Fintechが進んでいっても取り残される人のいないようにプロダクトを提供していくためにも、「やさしい」という観点は大切です。
湊:プロダクトにどういった工夫をすることで、使う人のリテラシーの違いを乗り越えていかれたんですか?
田野:ユーザーが使い慣れているアプリとのつなぎ込みをするべく、エンペイでは初期からLINEのAPIを用いて、LINEへ請求が届くようにしています。普段の生活に溶け込むための配慮ですね。また、保育園をはじめとするユーザーは紙資料の業務が未だ多くありますが、必ずしも全てをデジタルに置き換えるだけでなく、紙資料も併用できる機能を用意しています。
湊:あえて紙資料を残す、という観点は面白いですね。デジタル化を試みたものの、むしろ使いにくさにつながったといった気づきがあったんでしょうか?
田野:そうですね。たとえば、LINEで請求が届き、それをキャッシュで支払えるといった部分なども含め、他の業務との兼ね合いで「紙がいい」という判断がされるかどうかを、かなりシビアに決めていった背景があります。
外部の決済代行会社とアライアンスを組む
湊:一口にFintechといっても、業務ソフトとしてのFintechと、エンペイが提供するFintechでは、レギュレーションやシステムの性質が異なるでしょう。どういった点に、決済領域にスタートアップが参入する際のハードルがあると考えますか?
田野:「決済」は大きく2種類ありまして、自社において決済が完結するものと、自社SaaSの利用先で決済するものがあります。
前者はサブスクリプション系のサービスで、お客様にクレジットカードを登録してもらって決済するようなもので、こちらは比較的シンプルな構成になります。しかし後者のように、toBのお客様に決済手段そのものを提供するとなると、クレジット業界には「加盟店」という概念があり、それを我々が開拓していくといった動きが出てきます。
加盟店になるにあたっては審査が必要で、また審査に通ってからも、管理業務や資金フローが発生するため、より高度なテクノロジーとビジネススキームが求められます。また、当然に法律の観点も入ってきますので、難易度は上がります。
湊:なるほど。加盟店管理も含めて考えると、まずは外部の決済代行会社とアライアンスを踏まえるという手段が現実的ですね。
田野:そうですね。エンペイもGMOペイメントゲートウェイさんと協力しています。API連携のメリットは、事業をはじめる難易度が相当に下がることが挙げられます。自前で決済の仕組みを構築するとなると、PCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard、クレジットカード会員のデータを安全に取り扱うための業界セキュリティ基準)などのケアや、クレジットカード番号を保持するインフラは分けるといった処理も必要になってきます。
さまざまに付随する業務は、とてもではないですが、スタートアップが手をつけるにはハードルが高いとエンペイでは判断しました。また、今や決済はクレジットカードだけでなく、PayPayやLINE Payのキャッシュレス、請求書を用いる「コンビニ払い」など、複数の手段が用意されています。
UXを向上させるためにも、決済手段をお客様が選べることは大切ですが、それらの取りまとめや管理も自前での構築はなかなか難しい。このあたりは僕らも改善しながら進めているのが実情です。
湊:決済代行業者の選定では、どういった点をポイントにしましたか?
田野:各社で機能差分がありますが、私たちが大事にしたのがコンビニ払いに対応していること。最近もStripeがコンビニ払いに対応しましたが、その理由が日本の商習慣に合わせたからだと目にしました。特に集金となると利用者全てが払える必要がありますが、中にはクレジットカードの未保有者も、LINEを使っていないガラケーの人もいます。そのためにもセーフティネットとしてのコンビニ払いが、実は大事なんです。
あとは、エンペイで決済されたことによる流通額が増えることで、決済代行会社にも利益がもたらされる関係である以上、一致団結して共同で事業をグロースさせていけるパートナー足り得ることも重視しました。将来の展望や訪れるリスクについてフラットにディスカッションを重ねた結果として、GMOペイメントゲートウェイとの業務提携を結びました。
今後の発展形としては、本当に必要なところへお金が届くような、新しいお金の流れそのものも仕組みを作れないか、とも考えています。たとえば、エンペイで決済された金額から一定の割合で病児保育や里親制度などに関わるNPO法人へ寄付する活動も、その一つです。
エンペイのお客様が増え、決済流通額が増えていくほど、必要なところにお金が流れていくような仕組みを、もっと作っていきたいですね。
決済FintechはUXを向上させる
湊:SaaSのビジネスモデルは従来ですとサブスクリプションが基本なので、営業にリソースをかけてアカウントを増やしていく動き方になります。それと比較したときに、エンペイさんのように決済FintechをSaaSに組み込むことのメリットはどこにあると考えますか?
田野:UXの向上に尽きますね。エンペイのような事業体は純粋なFintechというよりも、業界的には「エンベデッド・ファイナンス」といわれるような、特化型の業務アプリケーションに金融機能が組み込まれている仕組みです。
通常のSaaSであっても業務効率化は実現されますが、事業プロセスのラストワンマイルにあたる決済まで自社サービスで完結できるかどうかは、UXとしての大きな差になります。
湊:直接的な話をすると、チャーンレートにも影響するものでしょうか。
田野:エンペイはBtoBサービスにくくられますが、BtoBtoCの側面が強いものです。保育園を利用する保護者がエンペイで決済をしていますが、「便利だから変えないでほしい」という声に後押しされて、チャーンレートにも反映されていると感じます。具体的な数値は公表してませんが、約0.5%未満といったところです。
湊:相当に低いですね!
API連携には勝機がある
湊:APIの活用といった点で、プロダクトとしての競合優位性について、どのように捉えていますか。独自性が減れば、コピーしやすいともいえるのかと思います。
田野:確かにテクノロジーの観点ですと、独自の決済手段などユニークなものを提供しているわけではないですから、模倣しようと思えば可能なはずです。
私たちもその点については試行錯誤していますが、エンペイとして他社システムが利用可能な外部APIの提供は検討しています。これもビジネスを進めながら気づいたことで、予想外に連携の要望が来るようになったんですね。そのほとんどがBtoB SaaSで、特定の業界に根ざしたバーティカルSaaSが多いです。
それぞれのサービスは業務機能が広いのですが、ラストワンマイルの決済が提供できないことが多いようです。エンペイは決済や集金に特化した一点突破型のサービスですから、その不足が補えば、トータルでUXが向上できると感じていただけているようです。現在は6つのSaaSとファイルなどを用いた連携機能を提供しており、それらを徐々にAPI化していく予定です。今後もAPI連携には大きな期待を寄せていますね。
湊:そこが面白いポイントだと思いますね。APIを通じてパートナー企業とつながり、ネットワークエフェクトを作っていく感じといいますか。
保育業界にとどまらず、決済と集金のあるところにエンペイあり
湊:今の話に関連して、エンペイは決済Fintechとして、今後どのように拡大していく展望を持っているのかお聞かせください。
田野:この5年間ほど運営してきて、決済や集金に特化したSaaSのニーズが高いことを、まざまざと感じてきました。自社で決済機能を用意するのは容易ではなく、私たちもシリーズAに入る前あたりから、ドメインエキスパートの方に副業で力を借りていました。
GMOペイメントゲートウェイさんにとっても、我々のようなSaaSに機能を組み込むという前例はそれほどなく、機能や条件について相互に案を持ち寄って最適な形を探ってきました。そこでも、業界的な「お作法」は多くのサポートいただいてきました。
湊:その「お作法」とはどういったものでしょうか?
田野:まず、「収納代行」と「資金移動業」の違いなど、概念そのものが独自で複雑です。よりシステムの話になると、FISC、PCI-DSSといった、サービスを提供する上で考えるべき基準があり、またそれぞれで解釈違いが起きやすい。そういったところを読み込んで事前知識として備えたうえ、決済代行会社などのディスカッションを通じて最善手を探りました。
その一環として、ドメインエキスパートの方に、社内勉強会などでコミットしていただき、積極的にディスカッションを重ねていきましたね。その方は個人のツテを頼ったのですが、今であればココナラといったスキルシェアサービスなどでスポットコンサルを探すといった方法でも、効率良く探せるかもしれません。
湊:業界的なスキームを理解する必要性は、決済手数料などの交渉にも関わるところでしょうか?
田野:そうですね。初めてのスキームを作るのにも近いところが多いので、レビューをいただきつつ、参考となる前例を見ながら、交渉していく動きはありました。
今後もこういった点を磨きながら、多機能開発を進めていきます。というのも、決済機能は複数の業務機能におけるごく一部だと思っています。将来的には、それこそStripeのように埋め込み型のサービス提供もあり得るでしょう。あらゆるサービスにおける決済のラストワンマイルを埋めるところを実践できればいいかと思っています。
その点では、保育業界に特化して提供してはいますが、保育園は日本に3万8000軒ほどありますが、マーケットとしては必ずしも大きくはなく、今後も広がっていくかといえば、少子化の影響もあってそれほどは望めないでしょう。ただ、「教育市場」にまで視野を広げれば、保育園以外にも、学習塾や習い事といった近接する業界は増えていきます。
また、もう少し大きなところの話をすると、国が定期集金に関する金額のレポートを出しているのですが、教育関連の市場も大きいのですが、さらにその先に電気、ガス、水道といったインフラまわりや、その次に生命保険、新聞、住宅ローン、家賃といったより大きな市場が出てきます。
エンペイも保育園から領域を広げていくことは考えながらも、そういったより大きなポジションにある業界に関わっていくサービスになれたらと思っています。
湊:たしかに決済や集金はあらゆる環境で必要ですし、日本にもまだまだアナログなところも多いですね。そこへ踏み出していけるのは、エンペイの面白さの一つといえます。
田野:あとは、目指すところの一つとしては、お客様が必ずしもエンペイを認識していなくてもいいのかなと感じています。バーティカルSaaSのあちこちにエンペイがエンベッドされていて、それを意識せずとも使われている状態ですね。この方向性もあり得るはずです。
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