スタートアップにおける広報の重要性は高まる一方、人材不足やノウハウの欠如といった課題も顕著になっています。そこでALL STAR SAAS FUNDとkipplesの共催で『SaaS PR集中講座』を全4回に渡って開催しました。
講師は、Sansanでマーケティング&広報機能の立ち上げに従事され、現在は創業したkipples代表として広報、マーケティング、新規事業の支援や、コミュニティ作り、官民連携促進を中心に活動する日比谷尚武さんが担当。
SaaS企業の広報が必須で持っておきたい知識を、「概論編」「広報組織の立ち上げ編」「広報実務編」「リクエスト編」に分けて展開しました。この講座でお話しした内容をまとめた記事はシリーズで公開中です。下記の記事もぜひご覧ください。
広報で事業をブーストする基本戦略──スタートアップ3社を事例に日比谷尚武が解説
SaaS広報がプレスリリースを書く前に知っておくべき、広報戦略の立案、事前調査、メディア研究について
社内からタネを掘れ!コンテンツ制作のプロセスと、SaaS広報マネジメントの3要素
今回は「広報実務編」がテーマ。前後編にわたって、具体的な実務を円滑に進めるための7つのポイントと、実際にメディア編集者をゲストに迎えたトークセッションを記事化しました。
それでは早速、以下、7つのポイントより解説していきましょう。
Point 1:部門横断の情報ルート
1つ目のポイントは、部門横断の情報ルートを作ることです。
広報担当になったら、まずは社内のことを知るのが基本です。発信する「ネタ」を得るためには、社内の動きに目を配りましょう。
広報とは、社内から社会へ、対外的に発信・発表するだけが仕事ではありません。外部情報を社内へ提供したり、社内の情報を吸い上げたりするのも役割です。
部門横断の情報ルートを作ることは絶対
各部門の課題や「やりたいこと」を解決するためには、常に情報のアンテナを張っておき、それらの部門に寄り添わなくてはなりません。メディアへ情報を発信するのも、広報の一存では決められないことです。情報の背景には社内外のステークホルダーがいます。それらの事情も鑑みて内容を整える必要があるのです。
社内にアンテナを張る理由としては「バッドケースを減らす」という側面もあります。
たとえば、現場から「明後日に製品を発表するからプレスリリースを打って、掲載が望めるメディアにも情報を提供してほしい」と言われる。マーケティング部門が連絡なしにリリースに値する情報を出してしまって、メディアからの掲載連絡で知る。社長が取材対応をして、1ヶ月後に想定していた情報解禁日を破ってしまうなど、「広報のお作法」が浸透していなことが原因によるトラブルが、スタートアップでは特に起きがちです。
これらを防ぐためにも、日頃から社内の部門と連携しておかなくてはなりません。連携の手段はさまざまあります。広報が経営会議や各部会に参加し、タイムリーに情報をつかむ。各部門の責任者と1on1をする。連絡手段を明確にしておき、すぐコミュニケーションが取れるようにする。Slackなどのグループウェアで各部門のチャンネルに広報も参加する……。
企業の規模感とかけられるリソースにもよりますが、部門横断の情報ルートを作ることは必須です。
「広報の見える化」も行う
「広報に情報を集めてほしい」とお願いするのは、良い手とは言えません。各部門が広報のことを理解して、タイムリーかつ的確に情報を提供してくれるわけではありません。むしろ広報は、社内取材をするつもりで、自ら情報を取りに行く。そして、言われた内容を鵜呑みにせず、深掘りできる姿勢も必要です。情報は収集するだけでなく、その情報を活用した場合は、きちんとフィードバックすることも忘れずに。
また、多くの社員からすると、広報の具体的な業務はあまり知られていないものです。取材対応やメディア露出などはわかりやすいですが、その手前にある作業もあるわけですね。それらのプロセスもきちんと「見える化」して伝えることで、各部門から情報を提供してもらいやすくしたり、準備を手伝ってもらったりなどが期待できます。
「広報に協力することでどういったメリットがあるか」を説明する
協力体制を進めるためには「広報に協力することでどういったメリットがあるか」を説明するのも工夫の一つです。「テレビニュースに事例が取り上げられると問い合わせが増える」「株価にプラスの影響があるかもしれない」「業務提携の話が舞い込むこともある」といったメリットは、社外へ情報発信が成されたことで受け取れるものです。
先日、私が支援している企業が「某経済系のテレビ番組」に出たとき、その夜のうちに10件以上の業務提携や問い合わせが来て、夜中の「嬉しい悲鳴」な対応で大変だったと聞きました。もちろんそんなにうまくいく話ばかりではないですけれども(笑)、発信することが業務や事業のプラスになることをきちんと伝えるのも、大事なことです。
また、テレビ露出などの派手に見える部分だけでなく、裏側ではどのように情報収集をしているのか、メディアに対していかにアプローチしているのかを、理解してもらう必要もあるでしょう。理解が得られず困っている担当者も多いかもしれませんが、説明の努力をあきらめずに続けてもらいたいですね。
もし、経営層の方々がこの記事を読んでいれば、僕が常々お願いしていますように、ぜひとも「広報が動きやすい、情報を得やすい環境」を作ってあげてください!
Point 2:メディアリスト
メディアリストには、各社の広報それぞれのスタイルがあります。業務の進め方や個人の志向で異なっていても構わないのですが、僕なりの「踏まえておくべきポイント」をピックアップしておきました。
メディアリストには、いくつかの目的があります。
実務遂行の面では「アタックリスト」か「コンタクト履歴」を分けて備えること。「アタックリスト」とは、営業でいうアプローチ先の候補リストで、今後の掲載を狙いたいメディアも含めて書き入れます。「コンタクト履歴」は既に連絡を取ったことがある方を積み重ねていき、「いつ、どのような連絡をしたか」をまとめていきます。
どのような取りまとめた方でも構わないのですが、片方の機能しか備えていない企業が結構あります。なるべくマージして、両面の機能を備えたメディアリストにしていきましょう。
メディアリストは「メッセージが届いてほしい方」を想定し、そこへリーチするための最適な情報掲載先を検討するものです。リストが充実すれば、アプローチしたいメディアの優先度も自ずから決まります。
たとえばBtoBの商材で経営者に見てほしいのであれば、視聴率が高い朝のテレビ情報番組よりは、業界特化の専門誌が効果的かもしれません。世の中全般に広く知られたいなら、業界誌よりもテレビのワイドショーや新聞が合うはずです。広報戦略によって優先順位が変わるわけです。
そして、優先順位を考えたうえで、「優先度のトップクラスのグループ」と「次点のクラスグループ」に分けてリストを作っておくと、行動しやすくなるでしょう。
スタートアップの一人広報ならリストは不要かもしれませんが、外部パートナーやインターンといった協力者がいる時、あるいは引き継ぎが必要な時に、リストがないと後々で困ります。中でも「いつ、誰が連絡したか」「どういった情報提供をしたのか」といったコンタクト履歴はシェアできるよう仕組みを早々に作っておくと、連携もスムーズでしょう。
……と伝えると「コンタクト履歴は連絡メールを追えばいいのでは?」とみなさんおっしゃるのですけども、プロダクトが増えたり仕事が増えてきたりして、次第に現場も混乱してくると、後で掘り返すことが苦痛になるケースはたくさん見ています(笑)。ぜひ、初期の段階から作ることをおすすめします。
メディアリストが整備できると、提供するネタの出し分けもしやすくなります。複数の事業や製品を持つ企業をはじめ、製品広報と採用広報が並行して走りだした時などは、「どこへ、どの情報を提供したのか」が混乱しがちです。管理しやすいように、リストにチェックボックスやプルダウンを設けてみるのもいいでしょう。
営業管理の発想を取り入れ、効果的なアプローチを
広報自身の身を守るためにも、メディアへのアプローチではプロセスを見せることも勧めたいです。
上長や同僚から、広報はこんなふうに言われがちです。「いつまでたってもメディア露出しないじゃないか」とか、「今期は全然目立たなかったね」とか。
でも、ただ露出するだけが広報の仕事ではなくて、メディアへいかに連絡を取るか、情報を提供して取材を取り付けるかといった、プロセスがあるわけです。時には、取材を取りつけたけれど記事化されないケースもあります。そのために、プロセスをちゃんと「見える化」しておいたほうが身を守りやすくなるはずです。
広報に、営業管理の発想を取り入れる
僕が推奨していたのは、営業管理の発想を取り入れること。連絡先を仕入れたら、「いまどういうステータスなのか」をちゃんと追いかけて、リストで管理しましょう。連絡先をいっぱい仕入れても、その後は取材前の面談まで済んでいるのか、飲み会で挨拶した程度なのかでは、やるべき打ち手も異なります。取材打診やレクチャーまでしていても記事化されないなら、情報提供の仕方を見直す必要があるかもしれません。
進捗が見えることは諸刃の剣かもしれませんが、日頃からしっかり追って見える化できていると、広報は周りに対する仕事の説明もつきやすく、マネジメント側からしてもプロセス評価をしやすくなりますから、特に立ち上げ初期には実践をおすすめしています。
管理はGoogleスプレッドシートやExcelでも構いませんが、最近はSalesforceやHubSpot、notion、kintone、Sansanで名刺管理の延長で……など、クラウドサービスを使った「広報業務のDX」も増えています。PR会社さんで出しているツールあります。手間もかかりますし、いずれ煩雑になってくる部分なので、ツールをうまく使うことに挑戦してもいいのかな、と思います。
Point 3:取材対応のノウハウ
これは前回の講義でもお話した部分ですが、メディアアプローチにも基本の考え方があります。いきなり「掲載してください!」と言うのではなく、メディアの方針や趣向性を調査したりしたうえで、媒体に合わせて情報を提供するのが大切です。
下記は、そのプロセスをさらに丁寧に分解し、どういったポイントに気をつけるべきかをまとめています。メディアへ提案するネタの組み立て方を、ここでは「ストーリー性」と呼んでいます。
自分たちの事業や伝えたいネタを客観的に評価し、わかりやすく説明することで、情報を信頼してもらったり、社会的意義を感じて応援してもらったりという気持ちを起こせるようなストーリーテリングが大事になってきます。
メディアへ説明をする際には、メディアのニーズ、読者や世の中のニーズを踏まえて、提供する情報の必要性をプレゼンしましょう。スタートアップの場合は、技術的な説明が複雑だったり、新しい社会課題に対してアタックしているとメディア側が理解していなかったりもしますから、受け手の理解度を鑑みて説明の仕方を変えましょう。
その分野に詳しい方であれば、前提は端折って突っ込んだ話をしてみるなど、情報を咀嚼してもらうためのコミュニケーションも必要です。要は、説明力が肝心です。
取材の事前準備から事後対応まで、4つのステップ
説明が実って取材が取れたとしても、そこからの対応にもポイントはたくさんあります。
「露出のチャンスが得られた!」と手放しで喜ぶだけで、社長の予定と取材日程をセッティングしたら本番に臨み、記者からの質問に答えて終わり……と、なってしまってはいけません。取材の機会を最大限に活かすためには、いろいろと策を練っていくのが大切です。
まずは事前段階として「状況の把握」と「実際の準備」について、その後の「本番」、そして「事後対応」という4ステップで説明していきますね。
取材を「依頼」されたときが重要です。そのメディアの特性や傾向、どういった読者がいるのか、発行部数やページビュー数、オピニオンやイデオロギーといった方針、取材の目的と想定読者、記者の人となり、過去の類例記事……など、そのメディアが自分たちのことをどういった文脈で紹介しようとしているかのヒントを集めなくてはなりません。
よく使われる「想定質問」とは、「どういったことをお聞きになる想定ですか」というのを事前に把握するためのものです。「想定質問」の準備を記者さんに依頼すると、嫌がる記者さんと、丁寧に教えてくれる方とに分かれます。ただ「想定質問は事前に用意されますか」と尋ねること自体は悪くはありませんから、私はなるべく聞くようにしています。
たとえば、経営者が話す際にも上場企業だと説明内容に責任が伴いますから、あらかじめ回答を準備しておく、場合によってはデータを確認したり資料を用意しておく、関係各所に確認を済ませておくといったフォローが必要です。なるべく円滑に取材を進め、濃い情報をお届けするためにも、想定質問や記事のイメージを確認するのは、基本動作ともいえます。
あくまでも、ポジティブにものごとを進めるための事前の調整というつもりで臨むのが大切です。「何を書かれるかわからず不安なので、想定質問を社長からどうしても聞いてこいと言われている」のような消極的なスタンスでいると、記者さんにも伝わりますので……。
また、「事前資料の提供が必要か」を確認するのもいいでしょう。記者によっては、事前に参考資料を提供しておくと読んでくださる場合もあり、本番ではより深い質問をいただいて、内容が濃いものになることがあります。
取材意図や背景がわかったら、今度は「取材でどんなメッセージを伝えていきたいか」を練りましょう。記者からの質問に答えるだけではなく、媒体の読者やメディアの文脈も踏まえたうえで、自分たちの伝えたいことをいかに混ぜ込んでいけるかが大事です。そのために、ステークホルダーへの事前確認や調整、視聴やデータの準備も必要によっては行います。
インタビュイーの教育は、経営者や業務担当者が応じる場合に、取材の段取りや意義を説明しておくことです。「なぜ、この取材に意味があるか」まで事前に伝えておきましょう。方針を踏まえたうえで、取材を受けてもらい、「会社のための発信をその人の口を通じて発信するのである」という意識を共有しておきたいところです。
つまり、あくまで会社が主語であり、個人的な思いで話しすぎてはいけないということですね。その一環ですが、基本的に「オフレコ」はないものとして、あとで取り消すつもりでも適当なことは話さないほうがいいです。職業倫理的に記者の方が口外する可能性は低いと考えたいですが、一度でも頭に入った情報を簡単に消すこともできないのです。
取材当時もやるべきことは様々ですが、ポイントは2番目の「介入」ですかね。インタビュイーとメディアの関係性、メディア側の専門性や温度感にもよりますが、私は必要に応じて広報は積極的に取材へ介入していってよいと考えています。
インタビュイーが難しい専門用語を多用していて、記者の顔に疑問の色が浮かんでいるようなら、情報を整理したり、伝わりやすいような言葉で言い換えてあげる。もしくは、本来言いたいことと違う話になっていると感じたら、話題の方向を修正したりブリッジしたり。内容に不足があれば、時に資料も交えつつ補足するといいでしょう。
ほかにも、撮影が入る場合もよくあります。背景に映り込みそうなものを動かすなど、カメラマンの動きを見ながら写真映りや構図を意識して、先回りして配慮していきます。
もし、オフレコにしたい内容、例えば競合への批判、誹謗中傷、現代の倫理観と合わない表現、社会問題に対するネガティブコメントなどが出てしまった場合は、その場で一旦ストップして訂正し、原稿に含めないように依頼します。これらは本来は事前レクチャーでカットしておきたい部分ではあります。また、取材後に伝えるよりは、その場で話してしまったほうが抜け漏れや伝達ミスもないので良いと僕は考えます。
スタートアップで新市場に挑戦している場合だと、市場規模や見通しといったことがはっきり答えられないケースもあるはずです。曖昧な答えを返すよりは、わからないことは「わかりません」で構わないでしょう。できれば事前に想定問答を作っておき、現在の業績に関する所感や競合に対してのコメントはすり合わせておくと安心ですね。
「お礼とフィードバック」については広報界隈でも時たま話題に挙がります。メディアの方に「取材していただいてありがとうございます」と言っても、メディアからすれば読者や世の中のために書いているわけであって、お礼を言われる立場にはないという考えですね。ただ僕は、共にコンテンツを作った者同士として「おつかれさまでした」の意味で伝えるのであれば、構わないのではないかと思っています。
記者との関係性の問題だと思いますけれども、安易に「載せてもらってありがとう、売り上げが伸びました」だけだとしたら、それを伝えることも、フィードバックの内容としてもイージーでしょう。
ただ、記者も広報も「人」です。お互いに大義やミッションのために動いているわけですから、ライバル関係や駆け引きではなくて、共に作ったコンテンツが世の中のためになるという気持ちを持って、同じ方向へ進めたらいいんのではないかな、と考えます。
Point 4:プレスリリース
プレスリリースと記者発表は、いずれも「発表手法」です。
プレスリリースは “配信して終わり” ではない
最近は「プレスリリースの書き方」などのコンテンツは各所で発信されていますから、ハウツーについては省略します。今日、お伝えしたいのは「プレスリリースは“配信して終わり”ではない」ということです。
プレスリリースを作ることで、事業方針の整理になったり、コンテンツとして曖昧な部分が浮き彫りになったりもしますので、意義はあります。Amazonはゴールからの逆算思考の一環として、「先にプレスリリースを作り、逆算して事業を計画する」という有名な話も聞きます。
ただ、メディアに取り上げられる意味では、リリースを配信して終わりではないはずです。前回の戦略設計でも話しましたが、コミュニケーションをちゃんと設計し、スケジュールも作って、サービスや会社の説明資料なども作ったうえで、やっとプレスリリースの配信や記者への情報提供に進むわけです。リリースと個別アタックの相乗効果を狙っていきましょう。
これらはプレスリリース発信にまつわる段取りや書き方のポイントで、PR協会が推奨してるガイドラインです。基本的な部分なので、参考にするといいでしょう。
また、昨今はリリースを配信したあとで、Facebookやnoteといった、さまざまな媒体に載せる「二次利用」にも取り組んでおくといいですね。リリース配信サイトに載ったから終わりではなくて、自社サイトにもお知らせとして掲載し、自社サイトへのトラフィックを誘導して回遊するように整備するまでを一つのプロセスと見なしてもいいと思います。
また、新しい情報を発信する方法としては、リリース配信だけでなく「記者発表」などもあります。しかし、スタートアップにとっては若干重い作業となりますし、そうそう機会はないかもしれません。ただ、会社としての大方針を発表する、クライシス時の謝罪といった、ここぞという時の発信や広く社会に伝えるべき場合は、会見を開くという手もあることは、頭の片隅に置いておいてください。
本記事の後編はこちら:「SaaS PR・広報実務のポイント:「取材したくなる企業」になるには?現役メディア編集者にも聞いてみた」