SaaS起業家の“圧倒的な成長”を支援するべく、ALL STAR SAAS FUNDでは全5回からなる短期集中型の連続セッション&オフィスアワーを開催しました。その名も「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」です!
ARR 0〜1億円のシード企業、あるいは起業準備中のSaaS起業家にとって、ARR10億円を達成するまでに築く基盤こそがT2D3達成のコアになります。数多くのSaaS起業家へ支援を続けているVCとしての経験、そして学びを、また新たな起業家たちへ伝えていきたいと、私たちはそう考えています。
そこで、課題を乗り越えてきたSaaS企業の現役経営陣とSaaSスタートアップの各成長フェーズを支援してきたALL STAR SAAS FUNDのメンバーが、実体験をもとに各テーマについて解説します。
初回は『SaaS PMF実現に向けた近道』、第2回は『ARR1〜10億円を2年で達成する方法』、第3回は『SaaSスタートアップが押さえるべき採用戦略』、第4回は『ユニコーン級SaaSになるためのベンチャーファイナンスの極意』をテーマにしてきました。
最終回となる第5回は『Goodではなく、Greatに挑戦する経営者のマインドセット』と題して、株式会社LayerX代表取締役CEOの福島良典さんをお招きしました。
スタートアップのポテンシャルは、バリューやカルチャー、事業の推進力に至るまで、経営者のマインドセットに影響されると言っても過言ではありません。そこで「経営者の役割」について理解を深めるべく、IPOを経験し、現在はシリアルアントレプレナーとして急成長SaaSスタートアップを経営するLayerXの福島さんに、「良い戦略/悪い戦略」「経営課題の発掘と対応方法」などの切り口でお話を伺いました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナー・前田ヒロが務めました。100年続くSaaS企業をつくるためには、経営者はどのような意識を持ち、行動を取るべきなのでしょうか?
(※この記事は、約1.5時間からなるセッションをテキスト化・再構成したものです)
日本は、2つの生産性の“低さ”が課題だ
前田:Gunosyを退任されてLayerXを立ち上げたとき、さまざまなビジネスモデルを検討されたと思います。CtoC、BtoC、SaaS、マーケットプレイス、あるいはブロックチェーンやWeb3まで。これらの機会がある中で、なぜ“コーポレートDX”を掲げるSaaSの「バクラク」シリーズの提供を選んだのか、まずは聞いてみたいです。
福島:BtoBサービスという切り口を手掛けてみたかったのは、一つの大きなテーマでした。あとは、日本社会において、僕は2つの生産性の“低さ”が課題だと考えました。労働生産性と金融生産性です。それらに資するもので一旗揚げたいと思ったのが、LayerXをはじめたきっかけでした。
現在のように「バクラク」事業を絞っていったのは偶然性も高いです。もともとLayerXはブロックチェーンのコンサルとして数多くの案件を引き受けていました。「BtoB取引のデジタル化」や「セキュリティトークン(デジタル証券)を用いた金融商品の提供」などです。ただ、僕らの実力不足もあって、事業体としての実態はSIerとコンサルティングを併せたような形になっていました。
このままでは世の中の課題解決と、僕らが進めている仕事の距離が遠く、続けていくことを悩んだ結果として、「それならば自分たちでプロダクトを作ってしまおう」と決めたのが、バクラクシリーズを作る契機になったんです。
BtoB取引は、今もすごくアナログです。下手したら紙資料ですし、せいぜいPDFが活用されているくらいで、ほとんどが手作業や目視での確認。経費精算なんて苦痛ですよね(笑)。そういう苦しさが日本の生産性を落としている一方で、その作業から得られるデータには面白みがあると考えました。
と、今でこそこんなふうに言っていますけど、立ち上げた当時はブロックチェーンのコンサルを手放して、正直言って何もない状態。「これから何かしらのビジネスで生きていかなければいけない、ただ成功はするんだ」という引けない気持ちだけがありました。だから必然性というよりは、「これだ」と信じ込んでやりきろうとする気持ちのほうが強かったです。
前田:SIer事業からSaaS事業へ転換するときに、市場規模や提供する領域、あるいはProduct-Led Growth(PLG)といったあり方に至るまで、どういった基準を持って決めたのでしょう?
福島:基準はシンプルで「お客様へ提供する価値と売上が一致するもの」です。すべてのSIerやコンサルが一致していないとは言いませんが、僕らの場合はそこが不一致だという自覚がありました。
ヒロさんと以前にPodcastで、IDベースの課金やワンプロダクトでスケールしていけることも含めて、「SaaSはビジネスモデルに矛盾がないのが良いところだ」と話しましたよね。SaaSという事業体を選んだのは、領域やタイミングではなく、この矛盾のなさに惹かれたからです。領域は言わば後付けで、日本の労働生産性と金融生産性が交差するような「取引のデジタル化」や「証券のデジタル化」にずっと興味があったので、そこへSaaSのビジネスモデルで参入できないかな、という発想でしたね。
正しい事業計画の立て方
前田:いくつか福島さんのツイートからピックアップして深堀り質問をさせてください。まずは「事業計画の正しい立て方」について。
これを「最適解だ」と考えた理由を、ぜひ詳しく聞かせてください。
福島:事業計画の立て方に悩む方は多いとは思いますし、LayerXのやり方もよく聞かれます。うちはボトムアップで作っているんですね。ここで言う「ボトムアップ」は現場任せという話ではありません。
SaaSでは商談のリードタイムなどが会社によっても違いますが、LayerXは3ヶ月後から半年後ぐらいの売上は、コントロールできないと考えています。個々人の努力で1社や2社の商談が増え、5%から10%なら上振れできることはあるかもしれませんが、SaaSというビジネスモデルに限っては、半年後までの業績は見えている。つまり、「この半年で2倍成長しよう」みたいな目標を言っても、意味がないと僕は思うわけです(笑)。
それならば、ボトムアップで作られたものが遂行できるほうが大事だし、あるいは1年後から2年後なら、まだ努力でコントロールできるわけです。それを実現する仕組みや仕込みをしていかないと、経営としては失格だろうと。そこで、事業計画の比率は、やはり「9割はボトムから作る」と良い計画にできるというのが僕の感覚です。
「T2D3」みたいなトップダウンな目標を決めるのも良いのですが、それをどうやって達成するか、いかに成長軌道に乗せていくのかは、ボトムから実行されることです。明日、急に商談が100倍に増えるわけでもないですし、受注率が突然200%になるわけでもない。逆らえない重力と、その重力から脱するためのエネルギーをどこへ一点集中するか。それこそトップが成すべき1割の大切な仕事でしょう。
「月末にみんなが悩んでいる」くらいが程良いストレッチ
前田:ただ、ボトムアップを重視すると、人によって感覚が異なりますよね。謙虚に設定する人もいれば、楽観的な人もいるものです。その調整は、福島さんが関わるのですか?
福島:ボトムアップが人それぞれで感覚が異なるのは、善し悪しではなく、あくまでトップが基準を調整するものかなと。強気の目標を掲げてくるチームもあれば、確実に達成できる計画からアップサイドを目指すチームもあるでしょうから。
LayerXは役職としてCROを明確に置いてはいませんが、同じ基準かつ同じ強度で、同じようなストレッチした目標に調整していくのが、CROの役割だと思います。初期のスタートアップや、SaaSビジネスとしてもまだ小規模な頃は、CRO=CEOでしょうから、CEOが担うべき役割になってきますね。
逆に言うと、トップができることって、同じKPIを同じ基準で追ってもらえるようにすることくらいかもしれないです(笑)。
前田:「この組織は十分にストレッチできているな」とは、どのように判断するのでしょう?ときには、ボトムアップから出てきた数字が「ストレッチしすぎ」と感じることもあるはずです。
福島:肌感ではありますが、「自然と達成できてしまっている」という状態はストレッチが足りず、「月末にみんなが絶望して達成できていない」ならストレッチのしすぎ。理想はその間で、「月末にみんなが悩んでいる」くらいが程良いストレッチかなと。
正直言うと、論理で決められるものではないですね。チームのコンディションやモチベーション、リソースの余力を日々見ながら、CROやCEOが適切に判断する。僕らも探りながら進めているところです。
一方で、たとえば「まったく新しいターゲットにGo To Marketしようとしている」とか、「新しいプロダクトを入れたところで受注率などがよくわからない」とかいった段階は、意志の問題だと思うんです。ただ、その意志が2割から3割を占めるようなら悪い計画でしょう。アップサイドに期待して、「新しく攻めるターゲットで事業計画の達成の可否が決まるんです」なんて計画を引いている会社って……ちょっと怖いじゃないですか(笑)。
前田:確かに、確かに。
福島:それって、うまくいけばいいですけど、うまくいかないときも当然あります。後者ならメンバーのモチベーションは下がってしまうでしょう。組織文化として大事なのは、“達成グセ”をつけていくことです。だから、「目標は強気か保守的かどちらかいいか」と問われたら、僕なら「保守的なほうが良いのでは」と答えますね。
前田:でも、スタートアップでは得てして、逆の方針を取ることを求められますね。
福島:そうです。最悪なのは、メンバーが事業計画に意味がないと思いはじめてしまうこと。「投資家や外部に向けて、成長度合いを見せたいから引いている計画だよね」とか。事業計画とは、組織一人ひとりに対する約束だと思うんですね。言い換えると、その約束の達成の集合体が事業計画なのだと僕は思います。
T2D3では遅すぎる?世界には20ヶ月でARR100億円のDeelもいる
前田:あと、これもツイートから質問したいことで、T2D3に関することです。
“T2D3のTはTenなんじゃないかと、Wiz, deel, Ramp, (未公表だけどBrexも)あたりを見ていると思う。3Xといわず10Xする方法を考えないと”
福島:ヒロさんは海外企業の投資にも携わっていらっしゃいますよね。僕は最近、「T2D3って遅いんじゃないかな?」と思っているのですが、どうでしょう?
前田:答えに悩むところですね(笑)。
福島:いや、もちろんT2D3は大変なんです。大変だけれど、この基準はかつてARR100億円以上を達成しているトップ25%企業の平均として導き出されたもので、今はARRもスピードも、さらに上がっていますよね。
前田:ええ。Deelは20ヶ月でARR1億円から100億円を達成していますから、異次元の成長ですよね。
福島:Deelはヤバいです。そのヤバさって、自分たちがベンチマークしている企業がトップ20%に入っているなら、そこを目指さないといけないという意味で、気が引き締まりました。決して、僕らがそれをできているというわけではないですよ(笑)。T2D3を達成すれば凄いことは大前提。日本のSaaSスタートアップなら確実にトップ10%入りですよね。
前田:間違いないです。いや、考え方はいろいろあるんです。異次元の成長企業はアメリカをはじめとして海外では増えていますが、その成長度合いは初期設定で決まっていくと思っています。あり得ない成長曲線の会社は、PLG型が多かったり、商材がセキュリティ関連で異常な単価だったりしますから。
福島:でも、日本はSales-Led Growth(SLG)型で「ガンガンいこうぜ」と気合いを入れて起業するのがいいと思います。それに、PLGの筆頭といわれるようなSlackやZoomしかり、日本ならChatworkしかり、大きな営業組織は持たれていますよね。要は、PLGはプロダクトのフリクションを減らすための戦略として捉えたほうがいいかなと思っていまして。
前田:最初から「PLG型のスタートアップをやろう」みたいな決め方は良くないですよね。
福島:そうですね。LayerXでも、プロダクトによってはPLG型を取っているものも実はあるんです。その意味では「プロダクトによって強弱をつけるべき」というのが正解かもしれません。どうしてもオンボーディングが重くて、PLGにしたくてもできないプロダクトもあるでしょうから。
固定観念でとらわれずに、フェーズで変えたり、プロダクトの一部を切り出してスモールBを押さえるためにPLGとセットで戦略を考えたりする考え方のほうがうまくいきそうです。
前田:実際に日本は、まだほとんどがSLGで、インサイドセールスやエンタープライズセールスが中心。SLGだと、T2D3が成長曲線としては限界に近いでしょう。
福島:採用が成長のキャパシティになりますものね。
前田:まさにそうです。SLGは組織規模に比例しますから、T2D3も十分にストレッチされた目標になってきます。
福島:SLG型なのに無理に10倍を掲げるなら、単純計算でチームを10倍にすればいいのかもしれないけれど、絶対に組織崩壊しますよね。だから、それは良くない目標設定ですよ。
前田:LayerXは10倍を狙っているのかと思っていました(笑)。
福島:いや、僕は目指してますけどね(笑)。ただ、僕らはどちらかというと単価の部分で成長させていく企業で、SLG型ではあるものの、“10X”は狙っています。10倍からの10倍はさすがに難しいでしょうが、一段階目の10倍なら目指せるはずだと。
前田:楽しみです。実現すれば、日本最速ではないでしょうか。
福島:実際のところ、決して不可能ではないと思っています。それは、SaaSの実力値が上がっているというよりは、SaaSをベースにしたマーケットシェアが上がってきていて、それをノウハウ、人材戦略、資金の供給などでペネトレイト(突き進む)する方法を、Sansanやマネーフォワードといった偉大なる先人たちが切り拓いていってくれたおかげでしょう。投資家もSaaS企業に対する理解が深まっていますから。
それこそALL STAR SAAS FUNDが発信しているように、それらの方法がプレイブックのように広まっていて、僕らはその高速道路に乗せてていただいているような自覚はあります。LayerXとしても、その貯金を積み上げて、後に残せるといいですね。
ボトムアップな組織や環境を整えるためにすべきこと
前田:外から見ていると、LayerXは先端の情報を取り入れて、うまく実行へ移す力がすごいと感じています。エグゼキューション能力を高めるポイントは?
福島:僕らは従業員100人規模くらいのフェーズですが、これは組織文化の話に連なってくると思っています。SaaS企業の多くは従業員10名ほどではじまり、どんどん新しいメソッドを取り入れ、ガンガン高速回転して、みたいに動きますよね。
その後のシリーズAからBのスケール期、従業員100人規模へ向かう中で、各人がアンテナやネットワークを張り巡らせて新しい方法を取り入れ、実装するための文化を築けるかどうかが、次なるテーマになってきます。ありきたりですが、情報収集や実行が起きやすくなるような仕掛けをしていく、実践をしている人を評価してマネージャー等のポジションにアサインするといった働きかけが必要です。
SaaSの良いところは新しい手法がどんどん発信され、みんなが同じようなインフラを使えて、言わば「経営の標準化」がしやすいこと。たとえば、Salesforceをみんなが使って、新しい管理方法があれば、すぐに取り入れられますよね。これもソフトウェア企業の強さだと思いますから、情報に敏感なことも大事ですよね。
ただ、社長だけが敏感でもダメでしょう。事業計画と同じく、SaaSはボトムアップで意思決定される会社のほうが強いと考えています。組織が大きくなっても、社員みんなの脳みそが回転しているような状態も、ボトムアップ的に作られてきます。CEOが「僕の言った施策、まだやってないの?」みたいに言うなら黄色信号でしょう。トップが「え?インサイドセールスはそんな施策を試してたんだ!」と、知らないところで新しいことに驚くくらいでないと。
前田:「気がついたら誰かが最先端なことをしている状況」が生まれるような、ボトムアップ的に強い組織や環境は、どうやれば作れるのでしょう?
福島:一つは「課題を渡していく」といった組織の権限委譲とセットだと思います。事業計画の作り方、組織の改善の仕方、企業文化は、すべて実は裏側で同じ原理が働いていて。事業計画がトップから与えられていると、やはり施策もトップから与えられているんですよね。企業文化も「とりあえず、あの人の言うことについていこう」みたいな雰囲気になってしまっている。たとえば、Nstockの宮田昇始さんは権限委譲が上手な経営者だと思います。
SaaSの会社も、スケールしていくようなソフトウェアと同様でしょう。大きなモノリスの仕組みで作っているものはスケールせずに、どんどんマイクロサービス化していってしまう。組織も一緒で、それぞれが責務を果たして工夫がされ、そこで改善がなされることが大切。その第一歩目が権限委譲ですね。
もう一つは、広い意味での抽象的なノウハウを伝えること。「考えてみて」と言われても思いつかないから、「僕ならこう考える」といったやり方を教えて、自分も知らない答えを一緒に導き出していく。たとえば、クオーターのテーマだけを示して、それに対して工夫していくことを信頼して任せる。そこが第一歩かなと思います。
正しい課題設定ができれば、その問題はほぼ、解けている
前田:10年間、経営者を続けてきた中で培われた「組織の作り方」に対するフィロソフィーはありますか?「リーダー陣に求める共通点」や「昇格時に気をつけるポイント」といった福島さんの哲学を聞いてみたいです。
福島:「正しい課題設定ができれば、その問題はほぼ、解けている」と考えています。マネージャーやリーダーにとって最も重要なことは、「課題設定能力」と「組織に浸透させる力」でしょう。
組織運営でいえば、意図的に「スキップミーティング」を組んでいます。自分の直属の部下から、組織的にステップを一歩飛ばした人と1on1をするんです。僕からすればマネージャークラスになりますが、彼らが思う「会社としての優先度」が一致しているのかを確認します。
たとえば、マネージャーが「自分が攻めるべきはエンタープライズ企業だ」と考えているのに、1on1をした現場セールスが「自分の目標のためにSMBを攻めることが最優先です」みたいに答えるなら、やはり組織としてのパワーが出ないですよね。つまり、自分も含めてマネージメントできていないということです。
優先度の伝達が間違っている、フォーカスがずれている、止めるべきことがわかっていない、といった状態が起こってしまっている。戦略という意味でのマネージメントでは、優先度をそろえるべく、正しく課題を設定するための情報を現場からかき集めてこないとなりません。たとえば、自分はセールスだけれど、カスタマーサクセスのトップと仲が良く、どういった価値を発揮できているのかを知る。そういった動きができる人はリーダーへのアサインを考えるべきでしょう。チームとしてのレバレッジをかけられる準備ができているといえます。
逆に、個人としてパフォーマンスの良いプレーができていても、マネージャーに向いてないケースもあります。人に伝えるための言語化ができないと、仕組み化のときにひっかかるようなケースもあります。マネージャーとしてのゲームと、プレーヤーとしてのゲームは、本当にルールが違いますよね。
前田:そういったマネージャー候補を見つけたら、どういった働きかけが有効ですか?
福島:抽象的な問いを投げ続けてみてもいいでしょう。「セールス組織の理想のかたちって、どう思います?」と問いかけて、「1週間後にディスカッションしよう」みたいに。
前田:面白いです。福島さんが半年後から来年のスパンで組織図を描くときに意識していることはありますか?
福島:LayerXとして描けるのは、3ヶ月後、半年後、1年後、1.5年後くらいまでで、それ以上先の組織図は描けないというのが前提です。そこでのポイントは、採用は意外とできてしまうもので、組織としてはマネージャー育成とイネーブルメントがボトルネックになってきます。要は、戦力化するまでの期間が課題になりやすいわけです。そこで、将来的な組織図を考えたときに、どれほど現状と課題とのギャップがあるかを見ていきます。
誰かが組織図を埋めているわけではなく、CEOやCOOが意志を持って、バイネームかつ具体的に決めていくものです。そこで任せるときのリスクは何か、どういった準備をすればいいのかといった事柄も、半年後から1年後なら現実的に考えられるはず。
まだ採用していない人を組織図に当てようとしたって、ジョブディスクリプションをしっかり定めるくらいのアクションにしか落とし込めません。そうではなく、メンバーからマネージャーに抜擢したい人に、現状では足りないことをいかにフィードバックしていくかを考える。そういったこともバイネームで考えると具体的なアクションに落ちやすいんです。
人を評価するなんて誰しも避けたいものでしょう(笑)。けれど、それでも経営者は逃げずに評価しなければいけないわけです。あまりに埋まらない組織図を見ると、投げ出したくもなるのですが、そことは向き合わなければなりませんね。
マネージャー抜擢は、育成よりも「適応」を考える
前田:急成長している企業でマネージャーが足りなくなる問題は、本当にSaaSあるあるですね……。それに対しては、福島さんの中では「育成」が答えでしょうか。別の向き合い方や解決の仕方も考えられますか?
福島:マネージメント経験のある人をしっかり採用してくるのも、一つの手だとは思うんですけれど、すべてそれに頼ると会社の文化が壊れますよね。半分は内部昇格、半分は採用で考えたいところです。
SaaSって、社内で生産性が高い人をトラックすることもあるのですが、やはり在籍年数が高い人はパフォーマンスが高いんです。それは初期に入った人が優秀だったからではなく、プロダクトの知識やお客様の課題への見識が高いからです。それをコンテンツにして一般化しようという動きもあるのですが、どうしても実際の商談に出ないと経験できないこともあるものです。
LayerXとしての解決策は、育成というより「適応」と言うほうが正しいでしょうね。適応能力が高いのは、会社の文化、プロダクトの知識、お客様への理解があるほうが絶対に活躍しやすいはず。そういう人にマネージメントの経験を与えていく発想を持っていないと、なかなかスケールするのは難しいのだと思います。
前田:ありがとうございます。とはいえ「半分は採用」というところで、LayerXはCxOクラスもVPクラスでも、実績のある優秀な方々を巻き込んでいますよね。どうやって巻き込んでいるのでしょう?
福島:これは「シリーズAを迎える経営者はどういった心構えでいるべきか」という話だと思うのですが、まずはARR2桁億円が見えるような会社をゼロから立ち上げられる人は、プロダクトへの愛が深く、営業力があるものです。ただ、ARR10億円から100億円を目指すならば、採用と組織作りに頭を切り替えられる人が、スケールさせられるはずです。
だからこそ、LayerXは経営陣も含めて「全員採用」を掲げて、熱量を持ってコミットしています。リファラル採用の比率も高いですね。採用って、本当に手数だと思うんです。
ヒロさん、SaaSで「あなたの会社のプロダクトって未完成だから魅力的ですよね、契約します」みたいな経験、あまりないですよね?(笑)
前田:ないと思う(笑)。
福島:そうなんです。プロダクトが成熟すれば成熟するほど営業力や成約率は上がっていき、ターゲットも広がっていきます。でも、採用は逆です。「LayerXは良い会社になってきているだろうけれど、未完成のスタートアップのほうが僕にとっては面白そう」という人が出てきます。SaaSは、プロダクトとブランド価値が高まることで営業が進んでスケールしやすくなるはずが、採用のスケールは意外とそうはならず、難しくなっていく。
だからこそ経営陣がやらなければいけないのです。「未完成の会社のほうが面白い」と感じる相手に対して、しっかりコミュニケーションを取って、うちにも成長余地や課題があるということを伝えていく。ただ、採用チーム任せにしているばかりでは難しいところもある。
採用も営業の一つと捉えると、難易度の高い商材を売ることと等しいですから、トップ営業が必須なわけなんです。経営陣が自分のカレンダーを客観的に見て、採用にどれほど時間を割いているのか。全体の半分以上でなければ、見直す必要があると考えますね。僕も、月によっては全体の8割を割いていることもあります。
前田:「全員採用」に対しては何かしらのKPIは持たせていますか?
福島:ガチガチにKPIなどは定めていませんが、客観的に時間の使い方はチェックしています。予定が最終面接ばかりで埋まっていると、受け身な状態だと思うんです。自分がトップ人材をハイアリングするために、どれほど声をかけられているか、面接の前段階のアクションができているのかといったことは、僕や共同代表の松本はよく追っています。「今月、カジュアル面談で何人と会えたか」みたいにですね。
新規事業の立ち上げ、社長が旗を振るべきタイミングは
前田:福島さんは「時間の使い方」で心がけていることはありますか?
福島:会社の成長にとって何がボトルネックになっているのか、という問いを全社で立てるようにします。たとえば、新プロダクトがまだサクセスしていなくて、お客様ヒアリングの徹底が最優先かもしれない。会社のフェーズによっても変わる、緊急ではないけれど重要なタスクこそ、CEOが落とさずに埋めるべきだと思います。
採用なら、面接は緊急かつ重要なタスクですね。でも、「2年後にこういったマネージャーロールが必要である」という緊急度が低いものは、おそらく喫緊になるまで放っておかれてしまいがち。そういったタスクに対して優先度を見直し、時間の使い方をカメレオンのように変えていくことが欠かせません。
たとえば、僕も先月は営業しまくっていたんですけれど……(笑)。
前田:LayerXのポッドキャストで聞きました。「バクラクビジネスカード」は福島さん自ら手を動かしていたと話されていましたね。
福島:プロダクト初期の営業は、ニアリーイコールでヒアリングだと僕は思っていて。そういう意味での営業活動ですよね。断られる理由やボトルネックが見えてきますから。成熟してくると、カスタマーサクセスが重要な接点になってきますが、プロダクトが何も配れてないときは営業で聞いてくるしかないわけです。
前田:福島さんは、新規ビジネスこそ社長が旗を振るべきだ、と考えますか?
福島:ケースバイケースでしょう。従来と型が近いようなビジネスのケースだと、社長や役員クラスが口を出さないほうが人が育っていいでしょう。ただ、今回の場合は、従来と異なるカード事業の立ち上げでしたから、LayerXが持つSaaS企業としての慣性や重力を突破するためにも、強いリーダーシップで率いる必要があったんです。
必ずしもリーダーが旗を振らなくてもいいのですが、エンドースしないと組織は動かないと思うんですよね。それは新規事業を10年くらい見てきて、自社とシナジーが生まれやすいと感じる事業ならば、エンドースしなくても組織の納得感があると、自律的に進みます。ただ、M&Aなど、内部からも「飛び地」に感じやすいものは、リーダーが旗を振らないと絶対に失敗するでしょう。
組織が大きくなるほど、やるべきことは絞る
前田:また別のツイートをピックアップしてみます。組織に関することです。
“組織が大きくなればなるほど、やれることが増えるのではない。組織が大きくなればなるほど絞る。目的を絞り、シンプルなKPIで一気集中して動かないといけない。”
このツイートの背景と、十分に絞れていることをいかに確認するのかを聞いてみたいです。
福島:ちょうどLayerXでも下半期のGo To Market戦略も含めて、幹部陣と話したところなんです。組織の人数も広がっているし、やれることも増えているはずだけれど、それってなかなか実現できないものです(笑)。だから「クオーターや下半期でやるべきことを3つ挙げよう」くらいのシンプルな目的に絞れている組織でないと動けません。人が増えれば増えるほど、コミュニケーションコストや優先度をそろえるコストは上がっていきますから。
たとえば、「このクオーターは医療機関だけ攻めよう」みたいに決まっている組織は、すごく強いと思うんです。現実的には、既存のパイプラインのお客様もいろいろとあるでしょうから、本当はそれだけをやらないんですけれど(笑)。絞った結果、クオーターでやろうと思っていたことが1ヶ月で実現できたら、残り2ヶ月でやることを変えてもいいでしょう。
その「絞り具合」はスキップミーティングで確認するのがいいと思っています。自分が「これだ」と思っている優先度と、メンバーが思う優先度を擦り合わせたときにずれていたら、フォーカスが取れてない証拠。一つに揃っているとパワーが出ますから、小さな組織のほうが、複数の目標を追っていても意外と柔軟ですよね。自律的に進めても擦り合わせのコストが低いので、意外と何とかなるものです。
「良い経営者」の定義
前田:今の福島さんの原動力やモチベーションは何でしょうか?上場を経験し、成功者として見られることもあるでしょう。その上で、このつらいマラソンをなぜ走ろうと思ったのですか。
福島:マグロが泳ぐのをやめると死んじゃうみたいな感じです(笑)。起業家って、責任感が強い人が多いと思うんです。もっと頑張らなきゃ、モチベーションの源泉を見つけなきゃといったように、まじめな発想をしがち。でも、僕は自然体で頑張ることが大事かなと思っていて。
社員だって自分の身を滅ぼしてまで社長に頑張ってほしいなんて、きっと思っていないはず。もちろん、猛烈に仕事をすることもありますが、僕も四六時中、仕事しているわけではなく、家族との時間も大事にしています。モチベーションを保つ秘訣は、良い意味でのバランスを取ることかなと、思いますね。
前田:福島さんにとって「良い経営者」の定義はありますか?
福島:自分と、自分の会社をよくわかっている経営者ですね。
T2D3は、ある種のドグマに近いとも思っています。それを成し遂げなければ成功ではないというわけではないはずですが、資本市場や人材市場においては、輝いている会社になることが、リソース調達においても圧倒的に優位に立てますから目指すべきだとは感じます。ただ、ヒロさんが言ったように「成長度合いは初期設定で決まっていく」ものですよね。
T2D3でなくても、経営者が「自分は10年、20年と、このテーマに向かうつもりだ」と信じて事業を続けて大成功する会社も、普通にあるでしょう。その「大成功」は何も売上100億円を出すだけでなく、プロダクトを使っている人の業務が改善されたり、生活が良くなったりすることかもしれない。その実現が「やりたいこと」として決まっている会社は強いですし、そういう文化を作れるなら「良い経営者」だと思うんです。
とはいえ、資本主義の循環の中でリソースを集めてこられるのは「良い経営者」の要素でしょう。
SaaSとWeb3は共存関係になっていく
前田:最後に、個人的に気になっていることをぜひ聞かせてください。2〜3年前にブロックチェーン事業についてお聞きしたこともありますが、現在、Web3に対する考え方のアップデート版はありますか?
福島:アップデートはしつつも、僕は常に楽観主義者でいたいと思っています。LayerXがブロックチェーン事業から退いたのは、ブロックチェーンがだめなわけではなく、LayerXの実力が足りなかったからです。業界に関しては未だ有望だと見ていますし、いつか再チャレンジしたいです。
ただ、今のLayerXがやっていることは、Web3的だと僕自身は思っています。世の中的にはそういう分類はされないでしょうけれど(笑)、いつかそれを証明したいですね。Web3系の起業家も増えていますが、未来は明るいと信じて恐れずにベットしてほしい有望な分野だと感じています。
インターネットが出てきて以降、すべての会社が成功したわけではないように、これから淘汰も起きていくでしょう。本物のプロトコル、本物のプロジェクト、あるいはオープンソースなものも出てくるはずです。
前田:SaaSとWeb3は、共存関係なのか、競争関係なのか。どちらでしょう?
福島:共存関係だと思っています。昔からあまり考えは変わっていませんが、Web3は「オープンソース2.0」だと考えています。イーサリアムなどを見て、面白さに目覚めたところがありますから。だから今後についても「オープンソース的なものとは何か」と考えを突き詰めてみるといいはずです。僕は「公共財的なもの」だと捉えています。
たとえば、裁判や土地の登記といったことは、儲かるためにするのではなく、誰かが何かしらのルールを裁定しないと混乱が大きくなるため、税金という原資が充てられています。それを違うお金の流れ方や回り方で実践しようというのが、ビットコインやイーサリアムだったと思います。
イーサリアムがワールドコンピューターだとすると、AWSはなくなるのか?もちろん、そんなことはないでしょう。一方で、AWSをはじめとした企業が持っているサーバーに登録したい情報もあれば、裁判所の証拠や土地の登記情報など、もっと永続性を持たせたい情報は、イーサリアム的なネットワークに載っていたほうがいいはず。だから共存していくし、あまり極端な世界にはならないでしょう。
前田:確かにオープンソースに似ている部分が多いと思います。実際、オープンソースの技術をベースに、ものすごく大きな会社になっているSaaS企業も存在しています。GitHubやConfluentもそうですね。それを応用してBtoBの世界へ進出するのも、あり得る世界だと思います。
福島:GitHabは今なら上場せずにトークンでオファリングしてると思う(笑)。Linuxもレッドハットでマネタイズしましたけれど、Linuxは公共財的であり、Linuxとしてファンディングできたかもしれない。それが僕は本質的な面白さだと感じます。
前田:確かに。
福島:もっとフラットでニュートラル、そしてシンプルなスマートコントラクトみたいなもので、クラウドファンディング的なサービスがあったほうが、僕はいいなぁと思います。寄付のプラットフォームに近いというか。そういうのは絶対に出てくるし、避けられない流れではないでしょうか。
前田:ありがとうございます。Web3に対してのアップデート版、聞けて良かったです。