お客様が共感できるブランドを作ること、そして競合他社と同じ土俵に乗らないためのポジショニングをとることは、成長を続けるSaaS企業に必要不可欠となっています。
そのための施策の一つが、新しい「カテゴリ」を世の中に提示し、あなたが展開するSaaSによって広めていくことにあります。たとえば、「カスタマーサクセス」という職業や肩書きは、現在でこそSaaSにも欠かせない存在ですが、誰かがこのカテゴリを定義したからこそ価値を再定義されていったのです。
そんな「カスタマーサクセス」というカテゴリを普及させた元GainsightのCMO、HopinのCMO(取材当時)であるAnthony Kennadaさんを「ALL STAR SAAS CONFERENCE TOKYO 2021」にお招きし、前田ヒロが「カテゴリの創り方」をテーマにディスカッションしました。
AnthonyさんがCMOを務めるHopinは、バーチャルイベントとデジタルエクスペリエンスのリーディングカンパニーとして、オールインワンのイベント管理プラットフォームを展開しています。AnthonyさんはBox、LiveOffice、Symantecに勤務した経歴のほか、エンタープライズ・ソフトウェア・スタートアップへのインベスター、アドバイザー、ボードメンバーとしてもグローバルに活躍している一人です。
ARR1億ドルを超えたHopinでも発揮される彼の経験について、さまざまな知見をいただいたセッションの内容より、抜粋・編集して記事化しました。
ビジネスを前進させるカテゴリ・クリエイションの力
前田:まずはB2B SaaSで、なぜカテゴリ・クリエイションが重要なのか。そこからお考えを聞かせていただけますか。
Anthony:カテゴリ・クリエイションはシリコンバレーの中で、そしてソフトウェアの世界で、話題になった言葉だと思います。それには理由があって、顧客、チームメイト、投資家が、既存のカテゴリをディスラプトするのではなく、新しいカテゴリを創る企業こそが、より多くの価値を段階的に生み出せると考えているからです。
前田:カテゴリ・クリエイションを担う企業に傾向はありますか?
Anthony:顧客の職業やサクセスを後ろから支えるような企業が多いですね。投資家からの視点としては『ハーバード・ビジネス・レビュー』の記事に素晴らしい記述がありました。「<yellow-highlight-half-bold>カテゴリを創造し、そのカテゴリを支配することができた企業は、時価総額、潜在的な利益、そして全体的な収益成長の面で、はるかに高いリターンを得ることができる<yellow-highlight-half-bold>」と。
もっとも現実的には、多くの企業にとって、新しいカテゴリを創るのはコストも時間もかかるので非常に難しいことです。ただ、カテゴリを創ることが、ビジネスを前進させる唯一の道となるケースもあるのです。
前田:カテゴリを創るべきか、または挑戦者でいるべきか。企業はどのように判断すべきでしょうか?
Anthony:一部の企業では、典型的なディスラプション・モデルが通用しない場合がありますから、早期に検討を始めなくてはいけません。シグナルは、市場にいる人々が課題を理解していない状況にあることです。
だから企業は、根本的にペインを感じている小さなグループに対して、「これは本当に課題なのか?」と聞いてみなくてはなりません。きっと、その課題やカテゴリはメディアでは取り上げられてもいないはずですし、成功している既存ベンダーもいないことでしょう。あるいは、築こうとしているバリューには競合企業が全く存在しないかもしれません。
他の企業にはできないブルーオーシャン的なアプローチを取らなくてはいけない。
これこそ「カテゴリを創るべき」という初期のシグナル。
そういった場合は、他の企業にはできないブルーオーシャン的なアプローチを取らなくてはいけない。これこそ「カテゴリを創るべき」という初期のシグナルになるでしょう。もし自分でカテゴリを創らず、その分野に競合もいて、すでにメディアの話題になって、広く理解されている課題であるならば、わざわざカテゴリを創る必要はないでしょうから。
はるかに良い道がすでにあって、次々とディスラプトしていけるなら、あなたは挑戦者のポジションを取るべきです。
投資の成果が出るのは、どれほど早くても半年かかる
前田:では、「カテゴリを創る」と考えた時、創業者や経営メンバーは、どんなことを検討すべきでしょうか。マーケットサイズなのか、カテゴリの成長率なのか……。
Anthony:起業してすぐのフェーズや大きな局面を迎えている時ほど、リーダー間や取締役メンバー間との団結が必要です。カテゴリを創るか否かという決定は、どのように資金調達を行うのかという点にも、大きな影響を与えてきます。
たとえば、Gainsightで最初に業界カンファレンスを主催した時には20名のメンバーがいたのですが、このイベントには総額30万ドルを費やしました。当時からすれば、とんでもないアイデアです。ただ結果として、業界カンファレンスを主催したことは、私たちが新しいカテゴリを創るための記録的かつ決定的瞬間になったんです。
でも、あなたの会社がまだ初期のフェーズだとして、創業者にマーケターが「イベントに30万ドルを費やしたい」と単に言ってきたら……そのアイデアは採用すべきではないでしょう。慎重に考えなくてはいけません。だからこそ、団結が必要なんです。
「カテゴリを創るために、早い段階で投資したいんだ。取締役メンバーにとってはリスクが伴うけれど、新しいカテゴリを創ること、自分たちが責任を持って取り組もうとしていることを理解してもらい、サポートをお願いしたい」
といった想いを伝えるためにも、CEOやCMOとの団結は欠かせません。実際の行動へ移すためにも、予算を計画に組み込んでもらわなくてはならないのです。
そういったコンテンツマーケティングにおいては、「投資」の要素も多く含まれます。オーガニック検索が最たるものですよね。成熟には時間がかかりますし、長期戦となることも厭いません。
過去の例を挙げれば、「カスタマーサクセス」の浸透がそうです。数年かけてカンファレンスを主催し、ブログ記事を配信し、私たちが真実味を語り、市場をリードしていることを立証していった結果として、「Gainsightはこのカテゴリを確立させたリーディングカンパニーだ」と言われるまでになれました。
前田:カテゴリを浸透させるために大切なことは何ですか?
Anthony:スタートアップのマーケターとしての自分からすると、カテゴリを創る上で「名前」はとても重要だと思います。なぜなら、そのカテゴリをコミュニティ化して、支持してもらえるように感じさせなくてはいけないからです。
そこでGainsightでは「肩書き」を創ることから始めました。カスタマーサクセスという業界はそれまで存在しなかったのに、カスタマーサクセス・マネージャーという仕事はすでに機能としてはあったのです。
前田:なるほど。時間について、「そこには何かある」と可能性を感じ始めるまでには、どのくらいを要すると思いますか。
Anthony:コンテンツマーケティングやソートリーダーシップ・プログラムの取り組みが実を結ぶまでには、私の考えでは少なくとも6ヶ月から12ヶ月が必要だと思います。
Hopinのチャートでオーガニックなトラフィックの成長などを見てみると、取り組みを始めてから約6ヶ月経っています。つまり、半年前に行ったコンテンツ投資が、今やっと結果が現れ始めている。
HopinはGainsightと違い、ビジネスの観点では成熟した環境でスタートしています。Hopinは初期フェーズではなく、シリーズDの会社です。私たちはたくさんの資金調達を実施してきて、ARRもほぼ1億ドル。出発点がこれだけ違っても、ブランドの構築やコミュニティエンゲージメントといったプログラムの成長には6〜12ヶ月はかかっているわけですから。
市場教育におけるソートリーダーシップに根ざした会話を
前田:CMOとしてのお考えも聞かせてください。企業の初期フェーズでカテゴリ・クリエイションを行うことは難しすぎるのでしょうか。
Anthony:新しいカテゴリを創る場合、誰も気づいていなかった課題を定義し、解決するために、マーケティングに大量のエネルギーを費やすことになります。
以前はタクシーやハイヤーを呼ぶ時には電話で予約をしていましたよね。スマホをタップするだけで配車できるなんて、誰も思いつきませんでした。見知らぬ人の車に乗り込むことも。だから、ライドシェアのようなユースケースを実現するには、どのような課題やチャンスがあるのかを整理するために、まずは多くの時間を費やさなくてはなりませんでした。
もし、市場をディスラプトしようとするのであれば、Uberなどを観察して、より優れたプロダクトを提供すれば良いんです。それでも、なぜ自分たちのプロダクトが優れているのか、どんな機能の差別化があるのかを説明する時間は必要です。
エンタープライズ向けB2Bソフトウェアにおける現代のマーケティング手法としては、ブランドを確立させるために時間を費やすことは当たり前
なので、カテゴリを創るにしても、そうしないとしても、基本的な構成要素は最終的には同じになるでしょう。エンタープライズ向けB2Bソフトウェアにおける現代のマーケティング手法としては、ブランドを確立させるために時間を費やすことは当たり前です。コンテンツマーケティングエンジンを構築したり、イベントを開催したりね。
<yellow-highlight-half-bold>単なるプロダクトマーケティングやポジショニングだけを目的とせず、市場教育におけるソートリーダーシップに根ざした会話をする<yellow-highlight-half-bold>んです。これは、重要なことです。こうした取り組みによってコミュニティを活性化させながら、成長、発展させていき、あなたが構築しているたくさんの要素を検証していく。
これがB2Bマーケティングの新しいプレイブックになっていくわけです。長い間、クリック数や開封率ばかりが注目されてきましたが、カテゴリを創るにしても、ディスラプトするにしても、ブランドの構築とコミュニティエンゲージメントに必要な戦術は変わりません。
ペルソナに語りかけ、共感を得ていく
前田:初期フェーズの企業はどういったフレームワークを使って、コミュニティやブランドを構築すれば良いのでしょうか。
カテゴリ・クリエイションにおいて「コミュニティの存在」は全ての中心
Anthony:カテゴリ・クリエイションにおいて「コミュニティの存在」は全ての中心となります。まず、始まりにあるのはペルソナです。多くの場合、ペルソナの重要性は社会的にきちんと理解されていなかったり、過小評価されたりしてしまっています。
カテゴリ・クリエイションのコアなパートは、そのペルソナに対して、他社がこれまで見つけられていない課題を見つけ、伝えることです。すると、「これこそ自分が困っていたことだ」というペルソナに出会えます。そこには否定的な意見も多く出てきます。「長年取り組んでいることだし、新しいソリューションは必要ないよ」とかね。
メッセージに共感してくれる見込み客やコミュニティメンバーを探す旅は孤独なものです。しかし、メンバーが見つかれば、彼らは課題をまさに自分たちで解決しようとしているわけですから、あなたのメッセージを理解してくれようともするのです。Podcastを聞いたり、ブログ記事を読んだりする中で、「このブランドは自分に語りかけてくれている。私がまさに直面している問題を理解しているんだ」と声にし始めるのです。
でも、そんなふうに話してくれる彼らの周りには、それを受け入れてくれる人があまりいません。だからこそ、カテゴリクリエイターや、それを志すブランドには、これらの人々をまとめるチャンスがあるんです。非同期型のコミュニティの構築という観点でネットワークを広げたり、お互いのベストプラクティスを教え合うなど情報交換の機会をつくることができます。バーチャルでもリアルでも、オンラインでもオフラインでも構いません。
そして最終的には、この新しいコミュニティで彼ら自身がキャリアを築いていくのです。自分がそのコミュニティに属する人たちを集められる側になれたら、とてもパワフルな推進力が生まれます。なぜなら、あなたはこの新しいムーブメントや新しいメンタリティを信じる人たちの中心となれるからです。コミュニティは、あなたが作り出した波を、前へ前へと広げていく追い風になってくれます。
カテゴリを創るのは企業ではなく顧客であることを忘れずに
ただ、ここで誤解してしまいがちなこととして、カテゴリを創るのは企業ではなく顧客であることを忘れずに。そのカテゴリが本物であることを提唱したり、立証したりしていくだけでなく、あなたがそれをリードしていく会社だと主張することも、ブランドとしてのあなたの仕事です。
これがB2Bマーケティングの「ニューノーマル」
前田:なるほど。企業の仕事はペルソナから学び、成長し、ソートリーダーとなり、カテゴリを支持することなのですね。
Anthony:まさにその通りです。また、コミュニティに属する人が全て顧客であるかどうかは関係ありません。もちろん顧客ならば理想的ではありますが。顧客でなくても、彼らはあなたのコミュニティのアクティブなメンバーには変わりません。
コンテンツマーケティング、ウェビナーの無料開催、ブログ記事の無料購読、ebookのダウンロードなどを通じてサービスを提供していく全ては、顧客のジャーニーの中でも大きな価値を生み出して、特定の課題を解決するでしょう。
B2Bマーケティングにおけるニューノーマルは、もうプロダクトにだけ適用することではない
そしてこれらは、ネットワークやコミュニティのエンゲージメントも高め、関係構築にも役立ちます。B2Bマーケティングにおけるニューノーマルは、もうプロダクトにだけ適用することではないと思うんです。顧客の価値を高め、彼らの役に立つためのもの全てを築いていかなくてはならないのです。
コミュニティエンゲージメントは本当に興味深いもので、マーケティングエンジン全体を構築するためのスケーラブルな方法だと思っています。
前田:HopinやGainsightで、共有していただけるケーススタディはありますか?
Anthony:Gainsightで「Pulse Community」を作ったのは大きいですね。6年間に渡って開催されたイベントで、Moscone Centerに5,000人強の参加者が集まる規模になりました。その後、私がGainsightを離れた後も、彼らはHopinを使って全世界のカスタマーサクセスコミュニティとして25,000人以上を集めてイベントを開催しました。
最初こそイベントとして始まりましたが「ここで起こっているコアな出来事は、新しいカテゴリのベストプラクティスについて話すことなんだ」と気がついたんです。様々な業界、分野の声を集め、話し合う場所に変わったのです。そして、ネットワーキングができるようにもなっています。
そこで考え始めたのが、この価値をもっと多くの人へ提供できないか、ということでした。それでPulseは、イベントのポートフォリオ化を始めたんです。結果としてヨーロッパやオーストラリアでもイベントが開催され、50のユーザーグループによる「Pulse Local」も開催されました。ユーザーグループというのは、まだ顧客ではないコミュニティメンバーのグループです。カスタマーサクセスに関心のある世界中の人が集まっているんです。
「カスタマーサクセス」の資格を取得できるオンライン大学も開講し、オンラインのワークショップイベントも開催しました。あとは本も書き、Podcastも配信して、それから歌も作って(笑)。この曲はコミュニティのアンセムのような存在になりました。
時にはスケールや成果にこだわらないのも大事
前田:そうそう、それについて聞きたかったんです。ヒップホップアルバムを作った時のことを。どういう目的があって、どんな効果がありましたか?ROIはどうでしたか。
Anthony:始まりは本当に思いつきです。GainsightのYouTubeチャンネルを見てみると、たくさんのヒットソングをパロディしている動画が出てきます。Taylor Swiftなどの人気のあるポップミュージックを使って、CEOと私でカスタマーサクセスやエンタープライズソフトウェアにまつわる替え歌を作っては楽しんでいて。
このスキルがどんどん磨かれていき、ついには「オリジナルソングを作ってみたら?」って話に……でも、このROIを測定しようとするのは最初から不可能なことですよ。実際のところ、どうやっても収益に直接的に結びつけることはできないですし。
でも、カルチャーやブランドの面ですばらしいことがありました。コミュニティに聴いてもらうことで、「内輪の事情ネタ」を知ってもらうきっかけになったんです。『セールス担当者がいなくて、カスタマーサクセスが代理しなくてはならない状況の歌』とかね(笑)。
聞いている人が同じような状況を思い浮かべられるような内輪ネタを、歌詞の中に散りばめているんです。Gainsight流のジョークを作ることで、私たちがコミュニティの中のインサイダーみたいな立ち位置になれたのです。
私たちはミュージシャンでもないので、曲を作るのは相当難しいわけですが、もしうまくいったら、通勤途中で毎日聴いてもらえるような歌になるかもしれないと思いました。まぁ、毎日とは言わなくても、聴いていると気分が上がったり、やる気が湧いたりするような歌になったらいいな、とは感じていました。
誰かがSpotifyやApple Musicで「カスタマーサクセス」なんて検索して、ヒットする歌が出てきたとしたら、どんな反応をするかを見たい気持ちもありました。そこで私たちは90年代の有名なラッパーで、ロサンゼルスでラジオ番組をホストしているプロデューサーを雇ってCapital Recordへ行き、舞台裏も全部収録して、曲ができるまでの裏話をパロディ調の動画にして公開することにしました。
そうして完成した偽物のゴールドレコードを使ってライブパフォーマンスをやったところ、カンファレンスが盛り上がりました。私たちが作った動画で、みんなに興奮やエネルギーを与えられたのです。カンファレンスのグッズにも歌詞を入れ込みました。お客様がミュージックビデオを撮影してソーシャルに投稿してくれる事例まで生まれたんです。
こうした内輪ネタのジョークがコミュニティの好感度を上げるきっかけになったわけです。とはいえ、こういうことを正当化するのは難しいですけどね。一つ言えるとしたら、スケールしないことやビジネスの成果に繋がらないことを一緒に楽しんでやってみるのは、CEOやCMOとの団結力を高める……という話に通じるのかもしれません。
前田:私も歌を聴いて、舞台裏の動画も観たのですが、実に本格的でした。とてもプロフェッショナルでしたし。
Anthony:そうなんですよ。なぜかは分からないのですが、確かに良い出来栄えで(笑)。
前田:こういうアイデアはどこから生まれてくるのですか。いつも「次は何をするか」と話し合っていたり?
Anthony:アイデアを生むプロセスみたいなものはなくて、私が一人でそういうことを考えるのが大好きなんです。もし週に5時間でも余分な時間があれば、ブランディングについて自然と考え始め、アイデアが生まれてくるんです。
どんなDNAを持ったマーケティングリーダーがいるのか、他部門のリーダーと比較してどうなのか、マーケティングチームのどんな構成なのか、といった事情にもよりますが、私はチーム内で「ドリーマー」の立ち位置を楽しんでいます。
言えることがあるならば、「<yellow-highlight-half-bold>最高のアイデアはどこからでも生まれる<yellow-highlight-half-bold>」ということ。私が発案する時もあれば、チームメンバーやCEOからの時もある。それらを何度も繰り返して、会話を重ねていくうちに洗練された素晴らしいものになっていくんです。
もし、私が思いついた全てのアイデアをそのまま実行したら、きっととんでもないことになるでしょう(笑)。チームと一緒に協力して進めるから、最高のアイデアにたどり着けるのですね。こうした面白いアイデアのそれぞれが「コンテンツ」なのです。
バーチャルを交えることが「未来のイベントの理想形」
前田:コンテンツについて、全てで踏まえておくポイントなどは定めていますか?
Anthony:ポイントは、なぜカスタマーサクセスが重要なのか、なぜカテゴリが大切なのかを伝えるだけでなく、どうすればカテゴリの中で自己の能力を最大限発揮できるのかを伝えて、教育しなくてはならないということです。
私たちが取り組みを始めた頃は90%がプロセス、10%がテクノロジーでした。時が経つにつれ、カテゴリが成熟し始めて、より多くの人がテクノロジーの視点からイノベーションを求め始めたんです。だから今、Gainsightがどんなコンテンツを発信しているかをみると、半分は仕事上のベストプラクティスについてで、もう半分はベストプラクティスをどのようにプロダクトに反映しているかです。
時間の経過とともに、プロダクトマーケティングがカテゴリマーケティングに追いついてきます。カテゴリ・クリエイションのジャーニーを旅する人々にとって、これらの例は興味深いはずです。
前田:「Pulse」でのイベントの内容や構成は、参加者が増えていく過程で、どのように変化していきましたか?
Anthony:かつてのオフラインイベントでは5,000人を一つの場所に集めて、エグゼクティブ向けのブリーフィングセンターも作りました。こうした活動が需要を高めて、私たちのソートリーダーシッププログラムは収益を押し上げる要因にもなりました。
ただ、もし最初の時点でこういう活動をしてしまっていたら、オーディエンスの気持ちを削いでしまったかもしれません。彼らは売り込まれるためではなく、学ぶためにカンファレンスのチケットを買っているのです。キャリアを成長させたいから参加するのであって、プロダクトの展示会を見るためではありません。
変化としては、バーチャル会場にシフトしたのが最も大きかったですね。私が最後に企画したのは、20のブレイクアウトルームを作ったことです。ヘルスケアのカスタマーサクセス、金融サービスのカスタマーサクセス……と業界を軸にして、異なるカテゴリに細かく区分けしていきました。
さらに、バーチャルへ移行したことによって、驚くべきことにイベントがよりインクルーシブへ変わっていったんです。経済的な理由、健康上の懸念、家庭の事情によって参加できなかったカスタマーサクセスコミュニティの人たちが、世界中から情報を得たり、ソートリーダーのネットワーキングにアクセスできたりするようになった。すごい進化だと思います。
完全なバーチャルイベントでも、ハイブリッドイベントでも、「これが未来のイベントの形である」と深く信じています。Hopinに対してバイアスがかかった話にはなりますが……。
前田:バーチャルイベントで簡単になったこと、あるいは難しくなったことは?
Anthony:全体のコストと製作の複雑さが削減されました。
実際の数字を共有すると、オフラインでPulseイベントを開催していた時のコストは約600万ドル。チケット販売や協賛金によって大部分はカバーされてはいましたが、それでも非常に高く、ルームを埋めるために多額を費やし、プランニングには1年をかけました。
それがバーチャルでは、たった90日でカンファレンスを開催できたんです。コストもはるかに安くなり、ライブ配信や事前収録などやることは数多くとも、支出のほとんどをコンテンツにかけられるようになりました。参加者が25,000人にまで増え、ROIも向上しました。
もちろん、誰かとリアルに会うことに代わる方法は無いでしょう。ただ実際、今後もオフラインイベントの規模は小さくなるのではないか、と見込んでいます。たとえば、「トップクライアントや見込み顧客などを中心に200名ほどに絞ろう」といった具合に。
でも、そのイベント自体はブロードキャストして、世界中から参加できるようになります。ネットワーキングのしづらさもテクノロジーで様々な機能が追いついてきて、たくさんのイノベーションが起こっています。
理想の世界では、あなたがリアルにいるか、バーチャルであるかは、さほど重要ではないでしょう。オンラインでもステージやスピーカー、繰り広げられる会話を近くに感じられる。それが私たちの作りたい世界観です。
前田:全く同感です。私たちはバーチャルに切り替えたことで、これまで感じていたストレスがだいぶ軽減しました。物理的なリスクや、やらなくてはいけないこと、考えなくてはならないことも減りましたし。
Anthony:そう!そうなんですよね。
カテゴクリエイションの費用もLTV/CACに反映する
前田:少しテクニカルな質問になるのですが、カテゴリを創ると決めた初期のタイミングでは、多くの費用が発生しますよね。それらはLTV/CACに反映させていますか?CMOとして、ユニットエコノミクスとして正当化しようとしましたか?
Anthony:はい、しますね。マーケターにとっては「カテゴリを創るのは、なんて素晴らしい!」と思うでしょう。カテゴリクリエイションは、CEOに対して時間に寛容になるようにと促せる機会ですから。
でも実際は、これらのアイデアの多くをCEOやCFOに対して正当化できない限りは、いくら時間をかけたとしても承認を得たり予算を確保したりできません。あなたはストーリーを説明できなくてはいけないんです。
私だったら「今すぐ、または次の四半期までに、このプログラムで収益を上げることは約束できない」ときちんと伝えます。その上で「TAMの中にいる潜在顧客のデータベースを拡大させること」を約束するでしょう。「ここで予算をかければ、今までエンゲージできてこなかった2,000人、あるいは1万人を我々の世界に引き込むことができる」と。
通常私たちが見ているのは、私たちのマーケティングオートメーションシステムに入ってきた人が、どのくらいMQLになったり、オポチュニティになっていくかというコンバージョン率を見ています。そして、さらに下のファネルを見て、今後を推定していくんです。
とても難しい高度な計算になるし、正確なことは誰にも分からないのですが、ちゃんと予測を立てた上で、「このプログラムの運営に20万ドルを使えるなら、6ヶ月、9ヶ月、12ヶ月という時間軸で着実に収益を上げられる可能性があり、賭けてみる価値があると思う」と、CEOやCFOに提案します。これだけでも十分にLTV/CACに影響を与える説明になりますし、それによりマーケティング支出が上がることは明白になります。
カテゴリマーケティングも切り離して考えるべきではありません。これもまた需要を作り出す原動力となりますし、ブランドであり、プロダクトマーケティングですから。あなたは取締役会やファイナンス部門に対して、エコノミクスを正当化できるように説明をする必要があります。私がチームと仕事をするにあたっても、こういった姿勢を取ってきました。
CMOに求めるべき3つの要素
前田:理想とするチーム構成はありますか。最適な人数や、欲しい機能は?
Anthony:Hopinは私がこれまで携わってきた会社で、最もスケールするのが速いマーケティングチームでした。私は2021年の2月に5人目のマーケターとして入社したのですが、6ヶ月が経った今、すでに50名以上のマーケターがいます。
前田:それはすごいですね。
Anthony:物凄いスピード成長ですが、Hopinでもチームの構成自体は他の企業とそれほど変わりません。
まずはデマンドジェネレーションを担当するチームで、私は「レベニューマーケティングチーム」と呼んでいます。グロースチームをサポートするグロースマーケティングの機能から、純粋にデマンドを創り出す機能まで、多岐にわたる仕事をしています。フィールドマーケティング、SEO、広告やEメールキャンペーンデータベースマーケティング、LP制作などの全てを担当しています。
次に「ブランドチーム」があります。ブランド戦略、ブランドマーケティング、PRが主な仕事です。カテゴリメッセージの発信などに取り組み、プロダクトの上位にある、より大きなストーリーも表現します。一般的にブランドチームは、toCや、成熟したB2B企業に置かれることが多く、初期フェーズでは必ずしも立ち上げる必要はないと思います。初期においては成長の基盤を築くことが優先されるからです。
そして、デザイナーが集まっている「スタジオチーム」や「ソーシャルメディアチーム」もいます。あとは「ブランドパートナーシップチーム」ですね。彼らは収益アップよりも認知度を高めることを目的にしています。
「プロダクトマーケティングチーム」はとても重要で、いくつもの役割をカバーしてくれています。新機能のローンチやメッセージング、プロダクトチームとの連携など、テクニカルなプロダクトマーケティングもその一つです。GTMを軸としたプロダクトマーケティングとして、セールスデックや販促物を準備したり、グローバルな機能として異なるセグメントに対するポジショニングをしたり。グローバル、バーティカルマーケティング、アナリスト・リレーションズは、全てプロダクトマーケティングチームの管轄です。
最後に「コーポレート・マーケティングチーム」です。より典型的で古典的なB2Bのマーケティングですね。イベントとエクスペリエンシャル・マーケティングに当たります。カスタマーマーケティングとパートナーマーケティングは、ここに含まれます。
初期のフェーズでは、デマンドリーダーが絶対に必要です。あとはプロダクトマーケティングがその次に大事だと思います。デマンドマーケティング、プロダクトマーケティング、ブランドマーケティングという3つのプロファイルが、CMOに求めるべき要素でしょう。
これは自分の経験に基づいているのでバイアスがかかっているとは思いますが、ブランド志向のCMOを見つけると、大きなストーリーを明確にすることもできますし、同時にデマンドやプロダクトマーケティングのパートも対応できるのです。
サーバント・リーダーシップを基本にする
前田:CMOとして、どのように他の部署と仕事をしているのか聞かせてください。カスタマーサクセス 、プロダクト、セールスなど様々ある中で、CMOとしてはどのように仕事を進めるべきだと考えますか?
Anthony:全ての部署とタッチポイントがありますから、効果的かつ横断的にマネージしなくてはいけません。
部署間の緊張感って、だいたいがマーケとセールスの間にあるんです。うまく連携させるための記事やブログが世の中に溢れているようにね。互いの意見を主張するだけなら、特にデータを出せる方は簡単なんです。MarketoやHubSpotを使って「ほら、ここにクオリファイドリードがいた。セールスがフォローアップしなかったんだ」みたいな感じで。
そこで私が考えたのは、セールスと仕事をする時は、サーバント・リーダーシップのような姿勢で仕事をすることが、最も効果的なのではないかということでした。マーケティングデータとセールスの言い分を両方伝えると、CEOは常にセールスの言うことに耳を傾けるものです。ですから、この二者間で競り合うのは無駄なことなのです。
だから私は「あなたが勝てば、私たちも勝つんだ」という関係性を持ってセールスにアプローチすべきだと考えました。「あなたとあなたのチームの成功のために、私たちはどんなことができますか」という形です。これでとても良い関係性を築けるようになったんです。
そして、カスタマーサクセスとの連携も重要です。既存契約の継続も、アップセルやエキスパンションも彼らなしでは実現しませんから。自分たちのサービスが顧客にしっかり価値を提供できていて、顧客がテクノロジーを活用できている状態を作り出す必要があるわけですが、これを実現するにはマーケティングとカスタマーサクセスの連携は必要不可欠です。
もう一つ重要なのが、プロダクトです。特にProduct Led Growthが注目される世界では、プロダクトとマーケティングとの境目が曖昧になってきています。でも実際は、プロダクトとマーケティングの間を行ったり来たりしながら成長するんですよね。<yellow-highlight-half-bold>プロダクトはより収益に近いものとなり、マーケティングはよりプロダクトに寄り添う存在なのです<yellow-highlight-half-bold>。
今まで共に仕事をしてきた全てのプロダクトリーダーは、アプリ内でのメッセージの発信方法やプロダクト開発のロードマップを決める時、マーケティングのインサイトを反映しようとしていました。ですから、CMOとしてのあるまじき形は、自分の専門性やマーケティングだけに集中してしまうことだといえるでしょう。視野を外へと広げ、ビジネス全体を通じて価値を提供できなくてはいけません。
「親密性の欠如」を打破できるのが最高の企業
前田:最後に、ぜひSaaSビジネスに取り組む人々へ、アドバイスやメッセージをお願いできますか。
Anthony:今は本当にエキサイティングな時代です。特にマーケティングの分野においては、従来とは全く違う新しい時代になっていると感じます。
このパンデミックによって、社会から孤立したように感じたり、自宅にこもらなくてはならなかったり、チームメイトと離れて仕事をしなくてはいけなかったり、お客様と実際に会うことができなくなったり……少しずつ状況は良くなってきているものの難しい時期にいますよね。多くの人が、この親密性の欠如という危機感を感じている中においては、この状況を打破することが最高の企業になれる要因のはずです。
親密性というのは、関係性を築く以上のものを生み出します。お客様やチームメイト、パートナーと親密さを築くのです。ですから、マーケティングの次の大きな動きは、「どうやって親密な関係を築き、経験をシェアするか」になると思います。
カンファレンスのような活動を経て親密性を構築することで、最終的にはカテゴリを作ったり、既存のカテゴリをディスラプトしたり、優れたブランドを作ったりすることに繋がる。これこそがB2B企業が次に進むための大切な要素になるでしょう。
前田:たしかにそうですね。あとは、Anthonyの著書の『Category Creation』はみんなに読んでほしいところです。日本語版の出版予定はありますか?
Anthony:今のところはないですね。日本語版の出版オファーはまだいただいていないのですが、実現できたら嬉しいですね。マーク・ベニオフ氏の本のようには売れませんが(笑)、カルトクラシックな一冊だとは思います。「新しいカテゴリを創るためのオペレーションガイド」としては、きっとたくさんの発見をしてもらえることでしょう。
前田:本当におすすめしたい一冊です。今日は本当にありがとうございました。お話しできて嬉しかったです。
Anthony:こちらこそ。お招きいただきありがとうございました。