「バーティカルSaaSといえばVeeva」といっても過言ではないでしょう。時価総額は約5兆円。世界最大級のSaaS企業であり、製薬やライフサイエンスといった巨大で複雑な業界を切り拓き、圧倒的な支持を得ています。
彼らの新規事業に対する考え方、営業組織の作り方、カスタマーサクセスへの取り組みなどを、Veevaの日本法人代表取締役である岡村崇さんに聞く機会を得ました。
岡村さんは1990年代後半には外資系企業の駐在員としてロンドン勤務も経験。SAP、MicroStrategyなどのソフトウェア企業でマネジメント職を経て2011年3月に、米国Veeva SystemsにJapan General Managerとして入社しました(日本人社員第一号!)。
その後、2011年5月にVeeva Japan株式会社を設立し、代表取締役に就任。日本国内におけるVeevaの基礎をゼロから作り上げ、社員120名強の組織に成長させてきました。
岡村さんが入社した当時は、Veevaはグローバルでも社員100人前後の規模、売上は100億円以下だったといいます。わずか10年での飛躍を叶えた要因とは、いったい何だったのでしょう。ALL STAR SAAS FUNDマネージング・パートナーの前田ヒロが深堀ります。
Veevaのプロダクトを成り立たせる三本柱
前田:今日、お話しできるのを本当に楽しみにしてきました。「バーティカルSaaSといえばVeeva」というくらいに、真に世界一大きく、時価総額も5兆円近い。グローバルでの売上規模は約1500億と、すごい成長率を維持しているすばらしい企業です。今日は思う存分、Veevaについて学びたいと思っています。
岡村:ありがとうございます。
前田:Veevaはプロダクトのラインナップが7つありますね。それぞれどういった役割を担うのでしょう?
岡村:幅広いポートフォリオになっていますが、いわゆるホリゾンタルなSaasが多い企業群で、われわれは製薬業界にだけ特化した、完全な縦型のバーティカルモデルであることが根本的な戦略です。
製薬業界をわれわれの目から見ますと、大きく2つの業務領域があります。一つは「開発」と呼ばれる領域。COVID-19の関連でワクチンや治療薬の開発ニュースを耳にする機会もあるかと思いますが、いわゆる「R&D」のディベロップメントを包括する製品部です。
もう一つは「コマーシャル」の領域。Veevaの発祥であるCRMを含む、製薬を市場や患者へ提供していく際の商業化、営業マーケティングの関連製品ですね。
そして、それらビジネス用のアプリケーションと、得られるさまざまなデータを用いた「ビジネスコンサルティング」も、Veevaのポートフォリオに含まれます。「ソフトウェア」「データ」「ビジネスコンサルティング」という3本の柱があるイメージです。
とはいえ、10年前に私が入社したときは、ディベロップメントクラウドなど開発領域の一部製品しかなかったのです。それが10年間にわたって、20から30を擁するほどの製品群の企業になったというのが、Veevaの特徴といえるでしょう。
創業初期の戦い方はOEMだった
前田:面白いですね。どういう順番で製品を出していったのか、なぜその順番になったのか、という背景を聞かせてもらえますか。
岡村:非常にすばらしい質問だと思います。実は、製品の戦略とファイナンシャルの戦略は切っても切り離せないと当初から考えていました。というのも、大手のソフトウェア会社と違って、われわれは専業といえますから、「この製品で失敗したら異なる領域で展開しよう」なんていう選択はできない。言わば、常に逃げ場がないわけです(笑)。
選択するときは熟考し、しかし大胆に選択する。仮に間違いであれば、すぐさま撤退する。本当にアジャイルな考え方で会社を作っています。Veevaは完全なるリーンスタートアップだと捉えていただくとよいでしょう。
VeevaはCRM製品で、アメリカからビジネスを始めたのが2007年です。製薬業界向けの営業担当者は「MR(メディカル・レプリゼンタティブ)」と呼ばれますが、彼らに向けたSFAだけを提供する会社として始まったんです。その理由は、マーケットとして非常に安定的で、実はブルーオーシャンだったからです。何社か強い競合はいましたが、優れた製品を出していけば勝っていける自信と戦略があったのです。
われわれをよくお調べいただきますと、設立当初のファウンディングは数百万米ドル(約数億円強)しか調達していません。実は、創業後の数ヶ月といった初期段階からプロフィタブルに利益を出し続けている珍しい企業です。それを実現できているのは、Veevaの製品プラットフォーム戦力と密接な関係があります。
実はわれわれのCRMは、SalesforceのプラットフォームをCRMとして用いて、そこへ製薬業界向けのカスタマーオブジェクトやアプリケーションをつなげた結果、現在のCRMにたどり着いています。現在でも、セールスフォースさんの立場から見れば、Veevaは世界初かつ世界最大級のOEMパートナーとなっていたのです。
この戦略を取るベネフィットとしては、セールスフォースさんがオペレーションやインフラに投資してくれる分、Veevaからの投資が不要になる点です。収益の一部をロイヤリティとしてお支払いはしていましたが、当時からファイザーやノバルティスといった世界的な製薬会社に対してCRMアプリケーションを提供していましたから、自分たちでゼロからプラットフォームを作るよりもベストなチョイスだったのではないかと考えています。
前田:その次に作るプロダクトに基準はあったのですか。アイデアの選び方やタームなど様子を見られたとは思いますが。
岡村:CRMをベースにビジネスの基盤ができてきましたので、2011年当時としてはデジタライゼーションです。製薬は規制産業ですから、とにかく紙資料が多い。日本で言えば厚労省、アメリカならFDAから薬の承認を得るまでに「トラック数台ぶんの紙が必要」といわれるくらい(笑)。
それらは今、ペーパーレスになりつつあります。紙資料をデジタル化していくこと、そのワークフローやレギュレーションに特化したかたちで、幅広い意味でのコンテンツ管理プラットフォームが最も製薬業界には合ってるいるのではないか、という考えのもとで、ディベロップメントクラウドの走りである「Veeva Vault」をゼロから作り上げました。ちなみに、Vaultは銀行の「金庫」を示す言葉です。
前田:今度はゼロから作られたんですね。
前田:ええ。われわれのソフトウェアエンジニアはSalesforceの基盤を作っていた人間が多く在籍していたので、Salesforceの良さを非常に理解していました。トランザクションやユーザー数の増加といったリニアリティな変化にも対応できる。一方で、動画や画像といったデータを大量に扱うのは苦手でした。やはり、専用プラットフォームを探す他ないという結論になり、CRMで上げた収益をVaultに投資していったのです。
ビジョンとバリューに忠実な経営を
前田:Veevaのすごいところの一つが、複数プロダクトを導入されている顧客がどんどん増えていること。アップセルとエキスパンションがうまくいってる状態ですね。それを支えている取り組みは何だと考えますか?
岡村:いくつかの要因がありますが、第一にはビジョンとバリューに忠実な企業経営にあると思います。ビジョンは「Building the Industry Cloud for Life Sciences.(インダストリークラウドをライフサイエンス業界へ)」ですが、ユニークなのがバリューです。最初に挙がるのが“Do the Right Thing”、日本語で言うと「正しいことをする」。
「正しいことをするのは当たり前」と思われるかもしれませんが、会社が大きくなるにつれて、言わずもがなであった部分もちゃんと書くべきである、と価値の最上位に据えました。
そして他のグローバル共通の3つのバリューと合わせて、「Do the right thing(正しいことをする)」「Customer Success(顧客の成功)」「Employee Success(従業員の成功)」「Speed(スピード)」をコアバリューとして、Veevaはビジネスを推進しています。社員全員が“Veeva Way”と認識している理念ですね。
今日のVeevaの売上は、これらに従って製品開発、営業、マーケティング、導入プロジェクト、顧客サポートを行っていった結果であると捉えています。
前田:ありがとうございます。テクニカルなことも伺うと、最初のプロダクトを導入してくれた顧客へアップセルやエキスパンションを促すには、どういった流れを取りますか。
岡村:ソフトウェアスイートを作られている企業も多いかと思います。SAPさんならERPからHRまで全部まとまっており、Salesforceさんもセールスクラウドやマーケティングクラウドまで色々とある。Veevaもコマーシャルクラウドやディベロップメントクラウドといったようにスイート化してはいますが、当社だけのソリューションを導入しなくてもいいように作っているのがポイントかと思います。
われわれは「ベスト・オブ・ブリード(Best of Breed)」と呼んでいて、顧客には最適な組み合わせを選んでもらえばよいと考えています。CRMを入れたからといって、開発系のソフトウェアやアプリケーションまでVeevaから買う必要は全くありません。ドラッグセーフティやコマーシャルといった領域でも「必ず導入しなければならない」製品はない。
ただ、CRMの領域でA製品を買ったら、実はB製品を追加していただくと、より効果や生産性が上がります、というアップグレードパスは用意しています。Veevaとしては各領域内でベストな製品をひたむきに作って提供していますから、あくまで「結果的に」当社製品をご利用いただくお客様が増えています。
当社を製薬業界のプラットフォーマーと言われる方も最近は出てきていますし、その裏側には製品戦略が相当のロングレンジで立てられてはいるのですけれども、Veevaの経営としては完全にその領域内でのベストな製品を提供することに特化しているのです。
育成とカスタマーサクセスの鍵になる「ストラテジー」という役職
前田:Veevaの製品群は、一見に複雑にも思えるのですが、セールスやカスタマーサクセスは、それぞれのプロダクトに応じて専門部隊を配置させているのでしょうか?
岡村:役割としては「コマーシャルチーム」と「ディベロップメントチーム」に大別できますが、製品ごとの部隊にまで分かれているとはいえないでしょうね。ビジネスユニット間では同じお客様を担当しているケースもあります。Veevaは上場企業ですのでP/Lを見ていただくとわかりやすいのですが、クラウドサービス系の大手企業に比べると、営業マーケティングのSG&A(販売費及び一般管理費)は売上に対して低いはずです。
前田:確かに低いですね。
岡村:製薬業界だけにフォーカスしていますので、基本的に口コミモデルなんです。親密なコミュニケーションのなかで製品が売れていくという意味では、先ほど挙げたバリューの2つ目に「Customer Success」を置いているのも、その理由です。好評価は必ずつながりますからね。もっとも逆も真なりで、悪評も早いのが特徴ではございますが……(笑)。
ですから、プロジェクトは大小に関係なく、やはり失敗はできません。失敗できないからこそ、必ず成功するようなご提案とプロジェクトにしなければ、という意識も働きます。
前田:そうなると、採用面のハードルも高いのでしょうか。業界知識やプロダクト知識が備わっていないと、特にセールスは難しいように感じます。どういった特色や背景を持つ人を採用し、その人たちをキャッチアップするための仕組みがあれば教えていただけますか。
岡村:ベストは、開発領域と製薬業界の営業領域におけるビジネスプロセスや問題点、また戦略に熟知していて、クラウドのマルチテナント型のアプリケーションも扱えて、SaaS型で販売できる人間です……でも、こんな人はやっぱり世の中にいないんですよ(笑)。
前田:そうですよね(笑)。
岡村:では、どうするかというと、営業だったら営業、プリセールスならプリセールス、カスタマーサクセスならカスタマーサクセス、といった職域を「きちんとできる人間」をまずは採用します。そこで製薬業界のバックグラウンドがあればベストですけれども、この段階では無くても大丈夫です。入社してから、必須知識は社内で教えますし、お客さんも非常にオープンな方が多く、「Veevaさんの営業であっても、私たちがちゃんと教育するから大丈夫。ただ、素養の高い人は連れてきてね」と必ず言われますね(笑)。
もう一つ面白いところとしては、「薬事」のエキスパートは製薬業界でも数少ない人材です。当社に入社したあとに教育しても、業務経験もなく、そのようにはなれないのですね。どうしてもギャップが出てきてしまう。そこでわれわれは、営業と製品の間に「ストラテジー」という役職を配置します。日本語で言う「戦略担当」を各領域に必ず置きます。
専門的に深入りする話の場合は、やはりセールスでは事足りませんから、ストラテジーがきっちり製品の良さを説明します。そういった薬事に精通し、かつソフトウェアやクラウドも理解できる人間を各マーケットに置くのが基本ですね。
前田:ストラテジーの方々のナレッジを生かす方法として営業同行があると。
岡村:そうですね。ストラテジーは、特定の製品ラインの成長プランに対して責任を負っています。セールスは四半期単位/年間単位での売上、リニューアルやサービスの売上がKPIに含まれますが、ストラテジーのようなエキスパートは今後5年間の成長戦略やプライシングに責任を持ちます。
ストラテジーは「この領域ならSTSがこの程度見込める。この値段で1ユーザー当たりに売った場合なら、この程度のマーケットサイズになる」といった戦略は頭にインプットされていますので、セールスが価格を提示する場合はストラテジーから承認をもらう格好です。
採用こそがマネージャーの最大の仕事
前田:採用の基準で他に設けているものはあるのですか?
岡村:「採用マニフェスト」を持っていまして、そこから一切ブレないのも特徴です。マネージャーとして入社してきた社員が、最初に面食らうのもその部分ですね。
ほとんどの企業において、採用は人事部や採用部門の仕事、あるいはヘッドハンターの務めだと投げてしまっているのではないかと思いますが、Veevaにおいては「採用こそがマネージャーの最大の仕事である」と捉えています。つまり、マネージャーも自分のチームのヘッドハンターにならなければいけません。
タレント・アトラクションを担う「タレントチーム」もいますが、そもそもマネージャー自身のチームなのだから必要な人を自ら採用しなさい、という考えなんですね。候補者には多岐にわたるインタビューがあります。ジョブヒストリー、ジョブスキル、カルチャーフィットなど、綿密なインタビュープロセスを経て、厳選されます。だから、マネージャーは非常に苦労しているはずです(笑)。
ただ、それが最大の仕事なのですから仕方ありません。その意味では、Veevaには人事部があるようで無いともいえます。人事部長は各マネージャーですから。Veeva Japanは私が人事部長を兼ねておりまして、就業規則や採用媒体については通年で見ています。
常にグローバルで使えるものを作り続ける
前田:その他、教育システムや育成システムもありますか?ストラテジーの方々のナレッジにアクセスできるような機会なども。
岡村:泥臭い話ですが、営業部内では情報交換会や勉強会、それこそ「飲みニケーション」もあります。ストラテジーだけではなく、プリセールスなどの製品部隊もしっかり揃っており、日本法人でも約15%は、US本社の製品部隊に配下されている人材です。彼らを交えて製品情報のアップデートや勉強会は頻繁に行いますね。
われわれの一番の強みは、ストラテジーだけでなく、日本市場にプロダクトマネジャーを各領域ごとに配置してお客様の声を聞き、エンジニアリングチームに渡す役割を担っていることです。基本的にはアメリカでソフトウェアを作っていますが、製品はグローバル展開していますから、日本から挙がってきたリクワイアメントであれ、それが中国やブラジル、ヨーロッパでもカナダでもメキシコでも、基本的にみんなが同じデータベースに入ります。
「それを全世界で使えるようにするのはどうするのか?」が製品チームにおける命題で、また冥利に尽きるポイントだとも思います。製品に関しては完全なグローバル組織ですね。Veevaは営業、マーケティング、導入チームはすべて私のようなジェネラルマネージャーの下に入るのですが、製品チームだけはグローバルに統一化されているのも面白いところです。
前田:他の国では挙がってこない、日本独特の要望もあるものですか?
岡村:かなりあります。特にコマーシャル領域では多いですね。薬の開発は全世界的に標準化が進んでいまして、規制や手法に差はないんですね。差があると、アメリカで承認されたワクチンが日本では使えない、といった状況に陥りやすくなってしまいますから。
ただ、薬の販売や流通は、国の健康保険など制度との関係性が根深く、事情が異なります。実は日本のお客様からも「Veevaさん、この機能がないと日本では売れないよ」というご指摘もままありました。そのせいもあって、日本も早い段階でプロダクトマネージャーを採用しています。要は、マストハブなファンクショナリティとして、日本市場へ参入するには必須の部分を事前に押さえ、USのプロダクトやエンジニアリングチームに送り、製品を作ってもらう。それを日本チームだけでなく、CEOをはじめとして全社で取り組みました。
前田:そういうのがあるんですね。
岡村:逆に、日本のお客様からのフィードバックは、非常に細かなことが多いです。日本で欲しいと言われて実装した機能が、全世界的にも感謝されているケースもよくあります。それだけ日本ユーザーはレベルが高く、細やかなところに目が届くということでしょう。
売上の2割を占める「プロフェッショナルサービス」とは?
前田:Veevaのもう一つ面白い特徴として、プロフェッショナルサービスの売上が大きいと感じています。昨年の決算を見ると、売上全体の約2割を占めている。この内容や重要性はどう捉えているのでしょう?
岡村:われわれはカスタマーサクセスにとても重きを置いていますから、製品の導入に関しては「プロフェッショナルサービス」として担うのが9割方なのです。場合によってはパートナー企業が担うケースもあるのですが、プロジェクトが大きくなればなるほど、当社が自らサポートします。大きな理由としては、製品の進化のスピードが非常に早いからです。
年に3回はアップグレードするのは基本ですが、それこそ昨年はコロナの影響でほぼ毎月アップデートが出ていました。特に在宅勤務をしたい製薬会社の事情に合わせ、製品をどんどんアップグレードしていました。
そのようなスピード感だと、パートナー企業では毎月のアップデートに対応しきるのは難しいでしょう。Veevaとしては、プロフェッショナルサービスがプロジェクトを自ら担うために、サービスの売上比率も比較的高く出てきているのです。
前田:さらに、継続的にプロフェッショナルサービスを活用するお客さんもいますよね。
岡村:そうですね。意外といえば意外でしたが、導入プロジェクトが終わったら改修依頼などはそれほど寄せられないかと思いきや、変更希望や機能追加などの要望が継続的に来たのです。まずは日本ローカルで入れたVeevaの製品を、グローバルインスタンスに統合したいというニーズも結構あります。
Veevaは製品会社ですので、基本的な収益は製品から得ていますが、サービスからも必要最小限の収益はいただくようにはしております。ソフトウェア会社でサービス部門が儲かっていないところは多いですが、それはやはりヘルシーではないと思いますので。KPIとしても、それ単体で収益を倍にしよう、といった考えはなく、あくまでP/Lでプラスになれば構わないという評価です。
ただ、そこで得られた収益は採用やディベロップメントに回す仕組みをとっています。カスタマーサクセスを行い、成功してハッピーになっていただいたお客様が、次のお客様を連れてきていただく。そういう好循環が生まれていますね。
バーティカルだからこそグローバル展開を基準に
前田:ぜひ、業界の雄であるVeevaの目から見て、バーティカルSaaSを攻めるときのポイントや成功要因を伺えたら嬉しいです。
岡村:日本発のバーティカルSaaSだと難しいかもしれないのですが……一つの業種にフォーカスすることが前提だと、市場が狭まるのは必然ですから、Veevaは2007年に創立したときから完全にグローバル市場を見ていました。
アメリカの製薬市場に加え、日本、中国、ヨーロッパと合わせると、およそ3000億ドルから5000億ドルはある。日本だけを見ると、その中の5%〜10%ほどしかない。ただし、初めから世界を見ていくことによって、そのマーケットを広げていける。
Veevaは2007年にアメリカで設立され、ヨーロッパに進出したのが2010年。2011年には中国と日本です。社員100人くらいのときに世界に4拠点を持っていましたから、かなり珍しいケースだと思います。ある意味ではプロダクティビティが高い会社かもしれないですね。
前田:Veevaでも自社カンファレンスの開催など積極的ですが、バーティカルSaaSだからこそ、認知の向上やコミュニティ戦略が重要になってくるのでしょうか。
岡村:コミュニティの戦略は重要です。製薬業界はIT業界と同じく「転職社会」でして、複数社をわたることもよくありますから、それぞれで良い経験をしてもらうのがベスト。
あとは、ユーザー間のコミュニティも強固なので、特に日本ではユーザー対応も丁寧に行っています。ユーザー独自で運営されているコミュニティもあれば、私たちがお手伝いしている部分もありますが、ほぼ毎月集まられていますね。お客様のカスタマーサクセスにおけるストーリーをベストプラクティスとしてシェアしていただくようなイベントもあります。
前田:転職社会といえど、Veeva Japanの方たちとお話しすると在籍歴が長いようですね。そのロイヤリティの高さを生む理由は、どこにあるのでしょう?
岡村:われわれの採用スタイルにあるかもしれません。採用するときも、採用したあとも、<yellow-highlight-half-bold>“Why Veeva?”<yellow-highlight-half-bold>という問いには、とてもこだわります。モチベーションを支える部分としての“Why”ですね。表面的な設定ではなく、言わば真の“Why”を探るのは、ある意味では上司の大きな仕事になっています。
「家族に医師や医療従事者がいて、医療業界に近いところでITの力を生かしながら仕事をしたい」など、人によってモチベーションは異なりますが、その部分をきちんと理解してリスペクトを寄せる。まさにエンプロイーサクセスそのものであり、そこを重視することで結果的に満足度が高まるから、転職をする必要性もなくなるのでしょうね。
給与面だけで当社にとどまっている人は、おそらく少ないはずです。同業者と比べても「中の上」くらいではないでしょうか。コンペンセーションとしては、ストックオプション、RSU、現金といくつかあり、会社の成長とアラインしてはいます。
バーティカルでも成長し続けるためにビジョンは欠かせない
前田:これからバーティカルSaaSを展開しようとする経営者や、これからの成長を志す経営者へ、「考えておくべきこと」のアドバイスをいただけますか。
岡村:CEOのピーター・ガスナーの受け売りではありますが、彼はよくマネジメントチームに「リーダーの仕事は、四半期の売上、利益、成長率、マーケットシェアをKPIとして常に見ているだけでは務まらない。リーダーの仕事は、5年後、10年後のビジョンをきちんと考え、そこへ到達するにはどうすべきかを常に考えることだ」と言っています。
バーティカルな環境でも生存し、成長し、成功するためには、中心にビジョンをきちんと持つべきであろうと。一例ですが、Veevaにとって2025年のビジョンは、2017年くらいに作りました。「社員1万人の企業にする」「Veevaであり続ける」「成長の余地を残す」という3点で、2025年にはおそらく達成できる見込みです。「社員1万人」としたのは、ウォール・ストリートにあまり直接的な数字を渡したくなかったから、この言い方にしています。
そして今、Veevaでは2030年のビジョンを作っています。きちんと将来の目標を置き、それを社員やインベスターの方々と進捗も含めてシェアすることによって、皆さんのダイレクションが同じになっていくと思うんですよね。それがVeevaの特徴にもなっています。
前田:なるほど。今日はいろいろと学びの多いセッションになりました。
岡村:いやいや、こういうのは普通のMBAコースやスタートアップスクールなどで教えないでしょうね。ただ、メンタルやエモーショナルな部分が、実はVeevaの強みなんですよ。Veevaの経営の根幹は、やはり「人である」と言えるのでしょうね。数字が事業を作り出しているわけではなく、人間がそれ自身を営んでいるのですから。
前田:最後に、ぜひメッセージや伝えたいことがあれば聞かせてください。
岡村:Veevaは2021年2月に、上場企業としては初めてPBC(パブリック・ベネフィット・コーポレーション)という法人格を取りました。一般的には「B-Corp」ともいわれるものですね。これは、Veevaの設立当時からのビジョンの一つでした。会社は株主だけのものではなく、お客様、社員、地域社会というすべてのシェアホルダーのためにあるべきです。その点でも、Veevaはユニークな存在であると思います。
こういったユニークな会社ですから、当社でぜひ仕事をしたいという方がいらっしゃいましたら、私のTwitterやLinkedIn、場合によってはメールなどでも、コンタクトをいただければ嬉しいですね。
前田:あらためてVeevaさんがすばらしい会社だと感じた時間でした。ありがとうございました。
岡村:ありがとうございます。われわれもそういう企業であり続けたいと思っております。